突発的短編&拍手小話

□バレンタイン―松永―
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「………」
「………」

出勤と同時に呼び出された場所は、三部屋ある副院長室のうちの一室だった。

何かそいつの気に障る事をやらかしただろうかとキリキリ痛む胃を抑えつつ部屋へ入ると、三人いる副院長の中でも最も苦手とする相手から上品な青いリボンの巻かれた高級感漂う箱を手渡された。

「……あのー…」
「何だ?」
「これは…何…ですか」
「…見て分からんのかね」

質問を質問で返されイラッとしたが、とりあえず両手で持った薄い箱を上から下から眺めてみる。

……ってそういう事じゃねえんだって。これが何かってのは分かってんだよ。こんな薄いっつーのに確か7000円もする…アレだろ?アレ。

……………………チョコだろ?

「チョコレート……ですか」
「やはり分かっているんじゃないか。いやはや…卿は気を揉ませるのが上手いな」

そう言うと院内で俺が一番苦手な相手…松永は何が面白いのかクッと短く笑った。

「…頂けるん…ですか」
「その為に呼んだのだよ。おかしな事を聞くな、卿は」
「はあ…そうですか…」

松永からチョコ。朝一で、呼び出されて、高級チョコを…手渡される。

…これは何かの冗談だろうか。それともどっきりだろうか。つい松永と渡された箱を交互に見てしまう。

開けたら中身が入っていない…ということはないだろうか。それともチョコの中に新薬が入っていて実験台にされるという可能性は…。

青いリボンに視線を落とし結び目を指先で弄びながら、ついそんな事を考えてしまう。自然と眉間に皺が寄り表情が険しくなったが自分ではそのことに気が付かなかった。

「…甘いモノは嫌いかね?」
「いや、寧ろ好きなん…うおぅっ!」

問い掛けに答えながらふと顔を上げると、離れていたはずの松永がいつの間にか目の前に立っていて心底驚いた。足音も気配も感じなかったのだが…きっと松永は瞬間移動が出来るに違いない。

「貸したまえ」
「…へ??」

松永はそう言うと挙動不審気味な俺の手の中から自分が贈ったチョコの箱を取り上げる。どうする気なのかと見ていると、シュルっと音をたててリボンを解き箱を開け、大小様々な大きさのハートが埋まった見るからに手の込んだ板チョコを中から取り出す。

そして端を小さくくわえると、パキッという軽い音を響かせてプレゼントの筈のそれを………折った。

え…ええー…?俺にくれたんじゃねえのかよ。何自分で食っ…て…………!!!!!!???












「……………」
「……甘いモノは好きなのだろう」
「……………」
「もう一片どうかね?」

口の中に広がる上品な甘さと、毒を含んだような艶めいた囁きに眩暈がする。

昔チョコレートは薬…興奮剤や媚薬として使われていたらしいことを不意に思い出していた。

「んなことして……俺がそっちに目覚めたら責任取ってくれるんですか」
「そんなもの取る訳なかろう」
「てめっ…」
「で?いるのかね、いらないのかね?」

………だから苦手なんだこいつは!!!超絶性格悪いくせに無駄に色気振り撒きやがって。くそ…ムカつくぜ。ムカつく…。ムカつく…けど。……畜生。


「はあ…頂きますよ、全部」


道を踏み外したらどうしてくれると本気で思いながらも、既に踏み外している気がしないでもない。

舌の上で溶ける、思考さえも蕩かす程の甘い毒が…じわりと身体中に広がっていった。





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