突発的短編&拍手小話

□ホワイトデー ―松永―
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ドアをノックして数秒後、返事が返ってきたことにすら何故か戸惑いを覚える。

「入りたまえ」
「…失礼します」

出勤してから副院長室へ向かうまでの数時間…いや、本当のことを言うとここ一ヶ月。俺が一番苦手としている超絶性格悪いこの男の顔が、どうにも頭から離れなかった。

…理由は多分アレだと思うが正直よく分からない。

もしも今日という日を避けて通ることが出来るのであれば、こんなに胃痛に悩まされることもなかった筈だ。

出勤した後も迷いに迷い、漸く対峙した今ですら回れ右してダッシュで帰ってしまいたい気持ちが半分以上を占めている。俺は相当重傷らしい…。

「卿か…何か用かね?」

松永は革張りの椅子にゆったりと腰掛け書類を読んでいたようだったが、こちらにチラリと視線を寄越すと僅かに首を傾げて見せた。

白々しいっつーか…何つーか…。バレンタインデーは知っててホワイトデーは知らねえ…ってことはねえだろ。相変わらず性格悪いな…。

「先日のお礼をと思いまして。まあ趣味に合うかは分かりませんが…合わなければ捨てて下さい。用はそれだけで…」
「待ちたまえ」

包装された細長い箱を机の上に置き、予め用意してきた台詞を並べた後軽く一礼して踵を返す。…つもりだったのだが身体を反転させる前に呼び止められた。

思わず眉間に皺が寄り心の中で舌打ちをするが、目の前の人物はこちらの様子などまるで気にしていないように見える。

そいつ…松永は俺が机の上に乗せた箱を珍しい物でも見るかのように無言で眺め、やや間を置いた後それに手を伸ばし、するすると器用に包装紙を解いていった。

「…ほう、卿はなかなか良い趣味をしているようだ。悪くない…」
「はあ…そりゃどうも」

人に物を贈り、趣味が良いと褒められてこんなに複雑な気分になったのは初めてだ。

だいたい野郎に何かを贈るなど今まで考えたことも無かったし、当然品物を選んだことも無い。

たかがチョコレートとは言え貰いっぱなしも性に合わず、かと言って松永相手に菓子もないだろうと数日悩まされたが、結局選んだのは今自分が欲しい物…買おうと思っていた物になってしまった。

「卿が何か返して寄越すとは思ってもいなかったのだが…いやしかし時計とはな…」
「…何か不都合でも?」
「いいや?私には不都合など無いが、アレの礼にしては高すぎるのではないかと思ったのでね」

相変わらずの持って回った言い方に、苛立ちと微かな焦りが募っていく。

「そんなに高価な品物じゃありませんよ。…それくらい貴方なら…見れば分かるでしょう」
「値段のことではない。時計を贈る…その意味が、だ」

松永はそう言うと唇の端を持ち上げ、今まで身につけていた見るからに高そうな時計を外してごみ箱にポイと捨ててしまった。

「ちょっ…何も捨てることね…ないでしょう。あんな高価な物…」
「欲しいのかね?拾って行っても構わんよ」
「……結構です」
「クックッ…これは失礼、気分を害してしまったようだな。だがあれには意味も興味も無いのだよ。…卿に比べると…いや比べる必要も無い」
「………」

…まずい。

非常にまずい。

時計を贈ることの意味など知らないが、僅かにのぞく白い手首に新しい腕時計を巻き付ける仕種や、勿体振った独特な言い回しでの気を持たせるような発言に、継続的な軽い眩暈を覚えてしまう。

…だから嫌なんだ。こいつと二人きりでいると…。

「…俺には興味があるとでも?」
「無ければこっちを捨てている」
「でしょうね」

松永なら躊躇なくそれをするだろう。容易に想像出来た。

「そういえば時計を贈る意味って…何ですか」
「時間だ」
「…時間?」
「時間を贈る。…共に過ごす時間を卿は私に約束したのだよ。だからアレの礼にしては高いのではないかと言ったのだ。…クッ…もう返してなどやらんがね」
「なっ…!!??」

贈り物にも各々意味はあるのだろうがそんな解釈をされるとは正直思っていなかったし、そんなつもりも全くなかった。

しかし反論は頭の中で燻るだけでなかなか口から出ようとしない。

楽しそうに目を細めて時計の金具を指でなぞる松永を眺めていると、少し可愛いかもしれない…などというトチ狂った考えが浮かんできてしまうのだ。

…やはり俺は相当重傷らしい。気の迷いだと必死に言い聞かせ、この一ヶ月間避けまくったことなど何の効果もなかった。

逃げ道などとっくに見失っている。俺はこの男の色香に両手を上げて降参するしかないのだろう。

「はあ…返していただかなくて結構ですよ。…俺との時間が欲しいなら、いくらでも…」

貴方が飽きるまで…と言葉を繋ぎ、馬鹿でかい机の上に上半身と片足を預けて向こう側の端に両手をつき、ゆるりと顔を上げた松永の唇を塞ぐ。

…せいぜい振り回してくれ。あんたにならそれもいい。




バレンタインのお返しは俺との時間。…つまりは俺。




「ところで喋り方戻していいですか」
「卿は私にだけその口調なのだろう。…私はそれを気に入っているのだが?」
「…舌噛みそうになるんですよ」
「噛んだら私が舐めてやろう」
「…………ああー…分かりました。分かりましたよ…ったく…」
「クックッ…」



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