突発的短編&拍手小話

□花見小咄―元就―
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はらり…ふわり…ひらり。

風もないのに身を散らし、美しいまま消えようとする。儚くて弱くて…脆い物。

「理解出来ぬ…」

何故そんな物を愛おしむのか。何故そんなに…辛そうな顔をしてまで。

「不快ならわざわざ出向くこともあるまい。…貴様の行動は理解出来ぬ」
「不快って…元就は花見嫌いか?」
「我の話ではない。貴様の話だ愚か者」
「俺?…俺だって嫌なら来ねえよ。当たり前だろ」

盃に落ちる花びらに目を細め、風流だとか何とか呟きながら小さく笑う…その姿が。

とても嬉しそうで、苦しそうに見える。

「綺麗じゃねえか。…お前みてえだ」
「…戯れ事を…」
「ははっ…つれねえなあ…」

嘘じゃねえのに…と繋げられた言葉は、頭上に広がる淡い紅色を纏っているようだった。

一時の感情に囚われるなど愚かなこと。この花も人も同じ、壊れやすい物。

そんな物に執着などしても無駄だと。…知っている。

「理解…出来ぬ」

髪を、そして頬を、掠めて滑り落ちる花びら。

苦しそうに見えるのは己が苦しいからなのか、ゆるりと上がる顔を見ても答えは出ない。

「髪についてんぞ。…あ、動くなよ?」

腕を伸ばせば届くだろうに身体ごと距離を詰められる。視界を遮られて景色が霞み、逆光で奴がどんな表情をしているのか一瞬解らなくなった。

髪に指が触れ、僅かに視線を上げれば眉間に刻まれた皺が見える。切なそうに見ているのは…花。

何故、哀しい顔をしてそんな物を愛でる。何故、我をそんな物と重ねる。…我は違う。違うのだ。

指先で花びらを摘み、名残惜しそうに眺めては風に掠わせ景色に溶かす。その横顔を見ているのが嫌できつく目を閉じれば、ほのかな酒の香りが全身を包んだ。

「…何をしている…」
「抱きしめてんだよ」
「…酒臭い、放せ」
「いいだろ別に少しくらい。…ホント照れ性な奴だな」
「だっ…黙れ!我は照れてなどおらぬ!!」
「はいはいはい…暴れんなよ…」
「貴様…!放せと言って…」





不意に何も聞こえなくなる。息をのむ音も鳥の囀りも、木々のか細い悲鳴さえも…全てが消えた。

一拍の間を置いて突風に煽られた枝がしなり、一斉に乱舞する花びらは空の青さえ霞ませる。



はらり…ふわり…ひらり。



目が眩むような花吹雪の中へ、そっと手を伸ばしてみる。けれどゆらゆら揺れながら舞う花のカケラは、捕まることを拒むように指の間を擦り抜けていってしまった。

すぐに散って消えようとするくせに、忘れることは許さないとでも言うつもりなのか。その一片をも残さないくせに、鮮烈な印象だけを記憶に刻めと言うのか。

…腹立たしい。いや、悔しいのかもしれない。

何故貴様はこんな物を愛でる…。すぐに壊れ、記憶の中にしか留めておけない物を。

募る苛立ちの理由を探していると、不意に抱きすくめる腕の力が強くなった。肩に顔を埋めるこの男に今の光景は見えていない筈だが、風の音で何となく解るのだろう。

「もう少し…いいか」
「いちいち聞かずとも解れ」
「………」
「………」
「可愛い奴め」
「――…ッ!!貴様!黙れ!!」
「ははっ…」



軽口を叩きながらも更に強まる力に息苦しさを感じ、同時に安堵する。

「…お前は消えんなよ」
「…消える筈がなかろう」

消えてなどやらないし、こんな花にこの男をくれてやるつもりもない。

未練がましく髪に吸い付く花びらを摘み、澄み切った空へと放り投げてやった。


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