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□しあわせのはな〜開花二日から三日
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大坂城内。
「三成殿ー」
朗らかな声で名を呼ばれて振り向くと、幸村が駆けてきた。早足でも下品にばたばたと足音は立ててはいない。
「今、秀吉殿はどちらにおられますか?」
目前で立ち止まって、幸村は尋ねる。
「それなら、今から会いに行く所だ」
そう言って歩き出すと幸村も後から付いて来る。
秀吉様は天守で城下町を眺めていた。民が笑って暮らしている様子をこうして見るのが日課だ。
「秀吉様」
声をかけると、笑顔が振り返ってきた。
「三成に幸村。どうしたんじゃ?」
「幸村、何か用があるのだろ?」
俺の用は仕事に関する事。すぐに済む用事ではない。ここは幸村の用件を優先する方がいいだろう。
「あ、はい。あの、秀頼様と町に出たいのですが、よろしいですか?」
幸村は秀頼君(ぎみ)のお守り役。毎日時間を共に過ごしている。
外出するなら親の許可が必要だ。
「町に行くならわしも行くさ」
秀吉様は幸村に近付いてにこにこと見上げる。
「秀吉様っ!」
今から町に出られては俺が困る。思わず張った声が出た。
「ささっ、行くで、幸村」
秀吉様は俺が言いたい事を察したのか、幸村を押して部屋を出ようとする。
「あの、三成殿が何か用があるみたいですよ…」
幸村が困ったような声を出す。
「ん?おぉ〜幸村は何だか男の顔になったなぁ」
「え?あ…今日は髭が濃いですか…?」
無理に秀吉様は話題を逸らし、幸村は頬を撫でながら素でぼける。
「そうじゃのうて、何だか大人の男ぽいな〜って、あぁ、この前話していた娘とうまくいってるって事か?ええのぉ♪」
秀吉様はずるずると幸村を押して離れて行く。
「三成ー、また後でなー!」
秀吉様は楽しい事が目の前にあると弱いらしい。
ここは仕事より遊びに行く方を選ばれた。
そして、俺も秀吉様に弱い。
いつも見逃してしまう。
俺はあの方の笑顔が好きだから。
楽しそうな声が遠のくと、俺もその場を離れた。
用事は、帰ってきてから済ませばいい。少々急ぎの用だったが、何とかする。
嫌な気分は全くなかった。
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