ツバサのセカイ語り物

□痛みに愛を。
2ページ/8ページ



「ねぇ、小狼君。黒様怖いねー」


言って横目で本人を見てみたが、やはり相手にされる事はない。


「ねぇ、黒るー?どうしてそんなに機嫌悪いの?…もしかして、誰かと約束があったからー?」


「……………」


「ねぇ、黒りーん」


「……………」


「黒さまぁ?」


「……………」


「…聞いてるのー?」


ファイは堪り兼ねて黒鋼の服を引っ張りながら聞いてみる。

すると、次の瞬間、ファイの左足に激痛が走った。


「うるせぇ!!…こうすりゃ黙っていられるか?」


元々気分の優れていなかった黒鋼。

我慢ならず、蒼氷をファイの足首に強く突き立てた。

普段より多い眉間の皺。
いつもと違う目付きに背筋が凍った。

思いもしなかった事をされ、ファイの心が痛む。

辛い表情を見られたくなくて俯いた。

無言の儘で、刺さるそれが離れるのを待つ。


「………………」


沈黙が落ちた。


小狼が黒鋼を止めるために声を掛けたが、それも沈黙に勝つ事はなかった。


黒鋼には一向に話す気配はなく、離す事もしない。


哀しみにファイは口を開いた。


「黒様は、知らないから…こんな事、出来るんだね…」


「ああ、知らねぇな。俺は怪我した事がねぇんだよ」


「……そう。じゃあ、やっぱり…オレの痛み…分かるはずないよね」


最後に声が震えてしまった。
自分の心の痛みが分かる訳ないんだねと、そんな意味を含ませて。

本気で思った事ではなかった。

ただ哀しくて、つい出た言葉だった。

それが黒鋼の心を酷く傷つけてしまうというのに。


だが、もう遅い。
黒鋼の心も痛んでしまった。


「お前…、もう一度言えるか?その言葉…」


ファイは何も答える事が出来なかった。

もう逃げ出したくて仕方なかった。

沈黙はそれを許してくれない。

黒鋼はファイの顎を掴んで己の方へと向けさせた。


「…………」


「…………」


揺れる蒼を写す緋と、
刺さる緋に堪える蒼。

互いに心の痛みを見てしまった。

喋る事も、動く事も、瞬きをする事も出来ない二人。

見かねた小狼が二人の間に割って入った。


「そろそろ、撮影が…」


「……ああ」

「………ありがと、小狼君…」


「…いえ」


重い空気を連れて衣装部屋から出た三人は、別室で着替えたサクラとモコナと合流する。



 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ