ツバサのセカイ語り物

□痛みに愛を。
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顔を上げた時、目に入った赤ワイン。

昨晩、悪夢に叩き起こされたファイが気を紛らせるために飲んでいたそれ。

ほとんど飲まずに残された儘、目の前のデスクに放置されていた。

色の系統がまた同じ。

ファイはその色の見えない場所へと移動する事にした。


…?


不意に白い紙が戸の下から覗いている事に気が付いた。


拾ってそれを読んだ後、すぐ様部屋を飛び出すとマネージャーと一緒に遠くを歩む黒鋼の後ろ姿が目に入った。


(黒様!!)

………ッ!


走って追い掛けたかったが、足が思う様に動かない。

マネージャーは黒鋼を部屋まで送ると去って行った。

少しして戸の閉まる音がする。

続いて鍵の閉まる音がした。

それがファイを拒むためのものだとしたら、一体どうすればいいだろう。


ファイは謝りたいと思っていた。
感謝の言葉も伝えたかった。
そして自分を助けた理由を聞きたい。


やっと部屋の前まで来た。

コンコン!


「………………」


しつこくすれば嫌がられる。それは十分承知の上で、何度も何度も戸を叩いた。

それでもやはり返事はなかった。


か細い声で、震える声で、必死に開けてと訴えた。


「……ねぇ、どうして?…お願い…開けてよ。黒様…」


「…………」


「ねぇ…、そこにいるんでしょ?どうして開けてくれないの?やっぱりまだ怒ってる?オレが今日言った事…」


ドア越しで黒鋼は全て聞いていた。
背を預けているドアのむこうで、ファイの必死に訴える声。最初から全て聞いている。


「……黒様の眼を見て謝りたい。だから、開けてよ…」


ファイが戸に額を当てると、きっとすぐ其所に黒鋼はいる…そんな気がした。


「……黒様、あの言葉は本気にしないで。オレの痛みを黒様が知っている事は分かってるから…」



(バカ野郎…。分かってねぇから、分かってやろうとしたんじゃねぇかよ…)


「…黒様!」


(けど…こんな傷じゃ、お前の痛みなんて分かる訳ねぇよな…。
確かに今日のお前の言葉を聞いた時、腹が立ったのは事実だ。
だが、良く考えてみれば、お前の痛みは俺が分かってやれる程、小さいもんじゃねぇんだろ?
けどな、分かってやる事が出来なくても、お前を助けてやる事は出来る)


「それとも……嫌いだから?オレが自分から避けようとしなかったから?自分から生きようとしなかったから?」


   
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