まどろみ

□最後の最後のどんでん返し
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ある、夏の日だった。蝉の声が響く青空を見上げて、今日も綺麗な空だなぁとか思っていると、やっぱりアイツは私に言うのだ。
「先輩、好きです」
「……」
「今度、デートして下さい」
「絶対にいや」
私より背が高いアイツは私を見下ろしながら、目の前のお菓子を貰えなかった子犬のようにしょんぼりした。

「…先輩…どうしてですか」
「そんな顔しても駄目よ。私が少しでも首を縦に動かしたら即刻頂くつもりでしょ」
「…そんなわけな「あるわ」

ちょっと生意気なこいつは、野球部期待のエース、榛名元希。
エースがこんなんで、野球部が少し心配になってくるわ、なんて考えてたりする。
「大体、なんで私なのよ。私、年下には興味ないって言ったでしょ?」
「一目惚れしたからです。先輩の空を見上げる時のあの憂いを帯びた瞳に惚れました!」

あぁ、またこの話。
榛名はどうしてこうも私にのめり込めるのかしら。
私は可愛いなんてそんなに言われたことないし、性格だってこれといって良い訳ではない。
榛名だったらもっと可愛い子を捕まえられる筈よ。
なんて可哀想な子。







でもどうして。

最近、榛名に好きと言われることに抵抗がなくなった。
慣れたのかな、それは嫌だな。










ある休み時間。
先生に雑務を頼まれた私は、資料室に行くことになった。

資料室は、榛名の教室の前を通らなければいけなかった。
なんとなく、榛名の教室を覗こうかという気持ちになりながら、2年の廊下を歩いていた。

丁度、2-Aの教室の前のとき。

「きゃ」
女の子の甲高く短い悲鳴と、机がずれる音がした。

首を動かして中の様子を伺うと、榛名が床に尻餅を付いた小柄な女の子に手を差し出していた。

大丈夫?
うん
そんな会話が聞こえて来る様な動きだった。
そのとき、胸がずくん、とした。
気持ちが悪かった。
大声で喚き散らしながら、手に持った荷物を床に叩き付けたくなるような衝動。
此処じゃ駄目よ。
衝動を静かに抑えながら、資料室の扉を開けて、手に持った荷物を机に置いた。


衝動があまりにも不快だったから、そのことは考えないようにした。









放課後、榛名はまた私の処へ来た。
「先輩、手伝います」
「結構よ」
「じゃあ、勝手にやらせてもらいます」
「止めてって言ってるじゃない!」
私が先生に頼まれた花の世話をしている時だった。
榛名は私の隣に座って勝手に世話をし始めた。
榛名を見ていると、どうしてもあの衝動を思い出してしまって、気持ちが悪かった。
それで、つい荒い声を出してしまった。
はっとした時はもう遅く、榛名は驚いた顔で私を覗き込んでいた。
「先輩、怒ってますね」
「起こってないわ」
もう遅い言い訳を榛名に返すと、すぐに返ってきた。
「先輩はもっと丁寧に花を扱う人です。どうしたんですか」
憶測もなく、真っ直ぐな瞳を向けて私に言う榛名に、衝動はもう止まらなかった。

「――ッアンタのせいよ!」
「はい?」
「アンタが、あの子に優しくするからっ…」
「…あの子?」
「好きな人が、可愛い女の子に優しくしてたら、誰だって気分悪いわよっ…」
そこまで言って、はっと口を押さえる。
そのまま私は頭を抱えた。



私は…
榛名が…
好き…?


「つまり、先輩は俺の事が好きなんですか」

ちらりと榛名を見る。
私、この人が好きなのか。
顔が火照って、鼓動が早まる。
「わ、わかんなかった…私、榛名が好きなんだ…」

「先輩、俺を誘ってるんですか」
「さ、誘うって、なにが…?」
「ほら、そうやって無意識に。あんまり、可愛い顔しないでください」

榛名は私にそう囁くと、自らの唇を私の唇に押し付けた。

榛名の唇は何処までも優しかったけど、零れ落ちそうな欲望に満ちていた。


甘く、私の思考を溶かして行く。
甘く、私の思考が蕩けて行く。


私の唇を割って、榛名の熱い舌が侵入する。
そのぬるりとした感触に、熱い欲望の様な舌に、視界がぼやけていく。


「…ん、ンく…だめ…はるな、や…」
私が頭を振ると、榛名の欲望に満ちた瞳が揺れる。
「先輩…場所が居やですか」
榛名の漆黒の瞳に鼓動が更に早まる。
私がこくこくと頭を振ると、榛名は私を抱えた。

「ん、自分で歩けるわ…」
私がそう呟くと、榛名はゆっくりと私を下ろした。

そして私は榛名に上目使いで囁いた。
「私、実は一人暮らしなの」
榛名はにっこりと笑うと、じゃあ、お邪魔させてくださいね、と言った。



「朝まで寝かせませんから」


榛名は意地悪く、私の鼓膜に直接吹き込んだ。


「臨む所よ!」
話の内容とは正反対に、子供っぽく冗談めいた口調で言うと、榛名が驚いた顔をしたわ。

いい気味!


これからは、らしくない事を沢山して、榛名を驚かしてやるんだから!










08.04.09.
 

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