蓮華の冠
□−零−桜の化身
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「天ちゃん・・・あれなんだろ?」
野球をしようと、城の外れに連れ出された天蓬と捲簾。
捲簾が打った球を捜しに、軍部棟の裏手の森に生える桜の木の下で、悟空が一点を凝視してポツリと呟く。
「何かありましたか。悟空?」
悟空の球探しを手伝おうと現れたキャッチャーの天蓬が答える。
悟空の視線の先を追って同じように目を向けると。
「桜の化身・・・・ですかねぇ?」
たおやかな輝くような黒髪と、白い肌。
華奢な身体に纏う薄紅色の繊細な織物が風に揺れてたなびいている。
その様子がとても儚げで。
触れれば、その姿を消してしまうのではないかとさえ感じられた。
この辺りでは最も大きく美しい桜の木の上で、その女性は眠っていた。
「ケシン?」
「妖精ってことですよ。」
「ピー○ーパンに出てくるやつ?」
耳慣れない言葉に悟空が眉を寄せれば、天蓬が助言をする。
そのアドバイスに伴って、自身の持つ知識を総動員して悟空が答えた。
「そうですね。ティン○ーベルも妖精ですね。」
小さな彼の功績ににっこりと笑って答えると、白衣の彼を見上げてその金晴眼をとびきりに輝かせて笑んでから、木の上の女に視線を戻した。
しかしながら、今この状況を把握するのに正しい助言かは定かではないけれど・・と天蓬は思う。
何でもござれの天界でも、流石に妖精の類はどうだろうか。
そこへ、球探しに行ったきり戻ってこない2人に痺れを切らし、捲簾が声を掛けながらやってくる。
「オメェらなにやってんだよ。球見つからねーのか?」
「捲兄ちゃん!!今ね、桜のケシンが・・・・」
「はぁ?ケシン?」
「あ、ちょっと2人共声が大き・・」
元気のよすぎる受け答えをする2人を天蓬が諫める前に、目の前のその人が目を覚ました。
瞼を押し上げて、パチリと音がしそうな大きな目を開く。
その奥に現れたのは翡翠よりももっと深い、穢れない翠の瞳。
枝に寄りかかっていた上体をのたりと起こすとぐーっと伸びをした。
ふぁ、という溜め息とも欠伸ともつかない吐息と共に長い睫が揺れ、木の下の悟空達に視線を落とすと。
「あ。こんにちは。」
道端ですれ違ったかのような自然な挨拶。
拍子抜けした天蓬と、好奇心いっぱいの悟空、未だ状況が飲み込めていない捲簾を尻目に、ふわりと身軽に木から飛び下りる。
背丈は一般的な女性の身長くらいだろうか。
薄紅色の変わった形の着物が、きちんと締められた黒の帯で、着崩れせずに彼女を包んでいた。
白い四肢にその衣装がとてもよく映える。
「お目汚し失礼致しました。」
と丁寧に3人に頭を下げ、冗談のようにあっけなく、くるりと踵を返すと3人の返事も待たずに去っていく。
文字通り、あっという間の出来事。
「ここらにあんな美人いたっけ?」
「さぁ?僕も始めてお目にかかりましたけど。」
「どっから来たのかなぁ?桜に帰らなくていいのかなぁ?」
と思い思いの感想を述べる残された3人。
思えば、この時からだったのかもしれない。
あまりにも退屈で淡白な日常に、自分の感情も鈍くなっていたのだろう。
名も知らぬ、桜の化身。
それが君との出会いだった。
蓮華の冠【目次】
文章ワカレミチ
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