2

□狂い病む
1ページ/1ページ

警戒心の欠片も見せないその寝顔は幾度となく狂わせる。
正常な呼吸音を奏でる白い首に手を這わせれば、男の喉だと分る喉仏の出っ張りを感じた。
その部分を圧迫するように、這わせた手に力を込める。
形の良い眉が僅かに眉間に寄った。
細くなった呼吸音。
苦しいと物語る皺の寄った眉間。
その顔を見詰めながら、久保田は更に力を込めた。

なぜこんなことをしてしまうのだろうか。
わからない。
憎いわけじゃあない。
殺したいわけでもない。
じゃあ、なんで?

ふと視線を感じた。
微かに上がった瞼の奥にある黒い瞳がこちらを見ていた。
それがとてつもなく怖くなり、肩から指先まで籠っていた力がするりと抜ける。
緩められた気管にひゅっと空気が押し通り、時任は咳き込んだ。

なぜ?
どうして?
自分でもわからない衝動に突き動かされ、いつも最後には後悔する。
傷付けたいわけじゃあないのに…
手放したくないと思っているのに…
なのに、この行動はそれとは正反対でしかない。

「…く、ぼちゃん…お前は、俺を殺せねぇ。ぜってぇにな」

殺したいわけじゃあない。
でも、この衝動は幾度となく湧き上がる。

「殺せるもんなら、やってみやがれ。俺は…いいぜ?」

お前がそうやって言うから。
お前が俺に殺されたいと思わせるようなことを言うから。

俺を煽るお前が悪いんだと思い込んで、見えないフリをした。
その黒い瞳に映り込んだ、どこか安心している自分の姿を。


映り込んだ瞳を見るたび、まだ君と一緒に生きたいのだと確かめる僕は、君の命の綱を弄ぶ。
遊び方を知らない子供のように。




2009.01.27

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ