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□狂い病ませる
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急に体が浮上するような感覚。
それは楽でもキモチイイわけでもなく。
不意に訪れた生命の危機に対し、なんとか命を繋ぎ止めようと体がもがいたからだ。
喉に加わる圧迫感。
気管が押し潰され、ままならない呼吸。
浮上した体の感覚に伴い、浅い睡眠下の意識が急浮上で現に呼び戻された。

僅かに開き、靄掛かる視界の先に死人を見た気がした。
灯りのない夜闇の部屋にいるせいなのだろうか、視線の先にある顔は影に包まれ、生者の面ではないような気がする。
焦点の合わない眼は瞬きもせず、虚ろを見ているようだった。

何を見てんだ
何を考えてんだ
目の前にいる俺を見てんのか

今にも途切れそうになる意識の中、そんな事を考えてしまう。
幾度も体感した行為からか、酸素の行き届かない頭の中に幾分かの余裕があったのかもしれない。
幾度、このような事をされようとも最後まで力が入っていた試しがない。
だからこその余裕だろう。
薄く開いた視界の先を見つめながら、強く願う。

俺を見ろ
他のとこに意識飛ばしてねぇで、俺を見ろ
ちゃんと俺を見て、ヤレヨ

それが物言わぬ形で届いたのか、久保田の手に込められた力はすっと抜けた。
力が抜けていくのと同時に、焦点が合わなかった久保田の瞳は光彩を取り戻す。
緩められた気管に空気が勢い良く通り、時任は咳き込んだ。
咳き込みながらも、擦れる声で時任は呟く。

「…く、ぼちゃん…お前は、俺を殺せねぇ。ぜってぇにな」

擦れた声でも久保田の耳に届いたようで、向けた視線の先にいる久保田は安堵の色を見せていた。
時任が呼吸をする姿に、時任の放つ言葉から、自分はまだここに居るのだと安心しているように見えた。

ほら、俺を殺せやしねぇんだ
俺をちゃんと見れねぇヤツが俺を殺せるわけがない
俺が生きている事で自分が生きている事を確かめるなんて、悪趣味だぜ
でも、お前が確かめなきゃならねぇつーんなら、何回でも付き合ってやるよ

「殺せるもんなら、やってみやがれ。俺は…いいぜ?」

ちゃんと俺を殺せる日が来るまで、悩めばいい
苦しめばいい
その間、お前は俺に囚われたまま
だから、もっと狂ってみろよ?



2009.03.02

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