チャイナ☆ラブアル

□第二話
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「お茶、入れますから少々お待ち下さい」
「そ、そんなに気使わなくて良いアルヨ!」
今香鈴は、刻龍の家に来ていた。
そして今いる部屋は、なんと刻龍個人の部屋。もちろん部屋の主の刻龍と香鈴以外は誰もいない。
どうしてそんな場面になったかと言うと、数時間前に遡る。


「いらっしゃいませヨ! 今日もいい色の生地がたくさん入ってるネ!」
昨日は疲れるくらいいろいろあった。
だが今日も香鈴は、いつも通り衣服屋の店頭で接客をしていた。
・・・ある客が来るまでは。

「どうも、こんにちは」
さわやかな笑みを浮かべて店の前に立っているのは、刻龍だった。
「な、何しにきたネ!!」
昨日の今日で忘れるような話では無い。
『私の妻になってください』
彼の顔を見たら、嫌でも思い出させられる昨日の言葉。
思い出すだけで、顔が赤くなるのを感じる。
「未来の夫に“何しに来た”は酷くないですか?」
そうは言うが、今の刻龍の顔はさして傷ついた様子も見せず、さわやかな微笑のままだ。
「おぉ、刻龍さん。昨日はどうも世話になったアル」
奥から父の柚犀が出てきて、刻龍に深々と頭を下げる。
「あ、良いんですよ。自分の意思でやったことですから」
にこやかにそう答える刻龍。
香鈴だって刻龍が助けてくれただけなら今も頭を下げる気になる、だが・・・
「(だって、いきなり『妻になってほしい』って言い出すアル・・・)」
「(それに勝手に私の親とも話し進めるヨ・・・)」
「(図々しいにも程があるネ!!)」
香鈴は自分の頭の中で刻龍に悪態をついていた、しかし父の柚犀の言葉で嫌でも現実に引き戻される。
「香鈴、店は良いから刻龍さんの家へ行くヨロシ」
「は!?」
いきなりの父の言葉に香鈴は素っ頓狂な声をあげる。
「な、なんで私が行かなきゃいけないヨ!!」
「昨日のこと、忘れたわけでは無いアルナ? 嫁ぐがどうかは置いておいても、お礼を言いに行くのは筋アル」
こういうことはとことん義理堅く頑固な父だ、おそらく反論しても無理だろう。香鈴はそう悟った。
「それで、刻龍さんとも将来のことを話し合っておくといいじゃない?」
すると今度は奥から母の美雨が出てきて、にこやかな顔でそんなことを言う。
「冗談じゃないネ! 私は刻龍の家に嫁ぐ気無いアル!」
「? どうして?」
「そ・・・それは・・・」
理由は確かにある、けれど・・・その理由は言わない。言えない。
「父さんも婚約には賛成アルガ・・・まあ細かいことは二人が決めると良いアル」
強制はしないまでも、父の柚犀も婚約には賛成らしい。
自分の親2人の言葉に肩を落とすと、奥からまた違う人物が出てきた。
「あら、それがお話に出ていた香鈴を助けてくれた、って人?」
それは香鈴の姉の蓮花だった。
髪にある桃色の花の簪がよく似合う、母の美雨に似てたおやかな笑みが特徴的だ。
「初めまして、摧 刻龍と申します」
律儀に刻龍が挨拶すると、蓮花も丁寧に頭を下げて自己紹介をする。
「香鈴、お店のことはお姉ちゃんがちゃんとやってるから、心配しないで行ってきなさい?」
にこり、柔らかと大好きな自分の姉に微笑まれると、否定の言葉が出てこない。
自分の姉はとても大人っぽくて美人な人だ。
「(───だから、あの人も姉さんに・・・)」
香鈴は、小さい頃から良く見知ったある男性の顔をふと思い浮かべてしまう。

姉の幼馴染で、小さい頃からよく自分の面倒も見てくれていた。
少し童顔だけれど、サラサラした翠色の髪を揺らしながら自分に手を差し伸べてくれる優しい人で。
いつも優しくて温かい笑顔を自分に向けてくれていた。
それはどの人にも向けていたけれど・・・でも、そんな誰にでも優しいところにも惹かれていく自分。
小さい頃から持っていたけれど気づかなかった感情・・・今でもずっと心に抱いている。
・・・煌 靖錬さん・・・その人のことを、小さい頃からずっと好き。

でもこの思いは絶対に叶うことはない。
だって靖錬さんの好きな人は・・・私の姉さんだから。
姉さんも、そんな靖錬さんが大好きで。
2人は恋人同士だから。
確かに、大好きな2人が幸せになってくれるのは嬉しい、だからその幸せを応援するべきなのに・・・。
自分に向けてくれていた笑顔よりももっと優しい笑顔を、姉さんに向ける靖錬さん・・・。
そのことを考えるたびに香鈴は胸をズキンと痛める。


そして半ば強制的に、香鈴は刻龍の家へと行くこととなり、冒頭に戻る。

「これ、お礼の品アル。昨日はありがとうヨ」
香鈴がお茶を持ってきてくれた刻龍に棒読み言葉の仏頂面で渡したものは、干葡萄や干杏仁なんかの茶菓子だった。
「いえいえ、未来の妻を守るのは当然ですので」
またしても香鈴がむっとすることをさわやかな顔で言うと、向かいの席へと腰を下ろす。
「・・・そういえば、刻龍の親は何処アル?」
香鈴は、てっきり刻龍の親にお礼と挨拶をするものだと思っていた。
だからいきなり刻龍個人の部屋へ通されて、少々驚いている。
「『あと少しで仕事が一段落するので、しばらく待っていてほしい』ということです」
確かに刻龍の家は貿易業を営んでいるのだから、そう簡単に休みの時間ができるわけでは無いようだ。
だが、それなら刻龍だって仕事があるのでは?
そう思い香鈴はそのことを刻龍に聞くと「私はしばらく休暇をもらっているので自由の身です」と返されてしまった。
「? なんでわざわざ休暇なんてもらったカ?」
「自分の愛する人との時間が少しでもほしいから・・・でしょうかね?」
「・・・何もかもいきなり過ぎるアル・・!」
顔を赤く染めながら、香鈴が刻龍にささやかな抵抗を見せる。
こんなに堂々と愛を囁かれることなんて経験していない香鈴には、刺激だって強すぎる。
「では・・・『お友達』から始めればよろしいのでしょうか?」
その余裕を見せるような言い方に少々むっとする。
「そ、そういう問題じゃ無いアル! 私は何があっても刻龍の妻になる気は無いヨ!」
そう断言してから「大体、なんで初対面の私のことを、いきなり好きになるネ?」とも言ってやる。
こんなにスピーディーに人が好きになれては、幼少の頃から自分が抱いていた恋心が馬鹿馬鹿しくなるではないか。
「香鈴、最初はあの山賊達を、思いっきり倒していましたよね?」
「? まあそうだったアルナ。体術には自信あったしネ」
その時からいたならさっさと助けてくれてよかったのでは? という疑問も湧いたが
とりあえずは話の続きを聞くことにする。
「それで、次は奴らに刃物を向けられて・・・怖がっていましたよね?」
そう言われるとムッとするものがあるが、事実だったので仕方なく頷く。
「なんかこう・・・その二つの姿にビビッとくるものがあったんですよ」
「へっ?」
本日二度目の素っ頓狂な声をあげる香鈴。
「何と言うのでしょうか・・・両方の貴方の姿に惹かれてしまい・・・」
何にビビッときたのかも、どんな姿に惹かれたのかも、何もかも理解できない。
あの姿を見て一目惚れする相手がいるならばこの目で見てみたい・・・いや、実際には香鈴の目の前にいるのだが。
「どう説明すれば良いのか分かりませんが・・・運命的なものを感じました」
嬉しそうな表情を浮かべる刻龍、全く話についていけずに唖然とする香鈴。
「妻にしたくなった理由は、これくらい語れば十分でしょうか?」
これ以上聞いてもラチが開かない気がしたので「もう十分ヨ」と呆れて言葉を返す。
するとスッと刻龍は立ち上がり「そろそろ私の親がこちらに来る頃です、応接間に来てください」と言う。
そのままスタスタ廊下へと歩いてゆく刻龍に、急いで香鈴もついていった。
「あ、香鈴を妻にしたいって話は既に私の親にはしておいてありますから」
刻龍の言葉に、豆鉄砲を食らった鳩のような顔になる香鈴。
にこりと爽やかな笑みで「お礼はもう良いので、今は両親の挨拶へ専念しましょう」などと口走る始末だ。
「お、お断りネ! 結婚なんてしないアル!」
真っ赤な顔で香鈴は反論する。

そんな話をしながら、2人は応接間への廊下を歩いていた。

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