チャイナ☆ラブアル

□第三話
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刻龍についていき、やっと応接間の前まできた。
流石裕福な貿易業を営んでいる所だ、広いから応接間へ行くまでの道のりが遠かった。
なかなか応接間の戸は豪勢だ。
否、ここまで来るときに通った他の場所も十分豪勢だった。
ふと応接間の前で、香鈴は考える。
「(・・・刻龍の親ってどんな感じの人だろうナ?)」
やはり自分の父親のように、それなりに威厳のある人なのだろうか。
もしかしてそれ以上?・・・これより先は、考えると余計に不安になりそうだから考えることをやめよう。
「では、こちらへ...」
なんだかんだ考えているうちに、すでに刻龍が戸を開けていた。
刻龍に促され、香鈴は応接間へ足を踏み入れる。


「あっらー! この子が刻龍の言ってたお嬢さん? とっても可愛い子じゃなーい!」
あたりに花を撒き散らしながらキャピキャピと話すのは・・・刻龍の 父 親 だった。
髪も長く、確かに端整な顔立ちだが・・・やはり見た目は正真正銘“男”である。
「・・・おか、ま?」
その呟きは、あまりにも気の抜けた小さな声だったので、二人には聞こえなかったようだ。
確かに戸の前で心配していたような、威厳のある怖い人ではない。
良くいえば明るくフレンドリーな感じで、緊張しない。
だが・・・香鈴が呟いたとおり“おかま”である。
「は、初めまして・・・林 香鈴と申しますヨ。 えっと・・・これ、お礼の品ですネ」
そう言って、香鈴は刻龍にあげたものと同じような茶菓子を刻龍の父親にも渡す。
「あっらまぁ〜! 気が利く子ねぇ! どうもありがとう!」
にこにこしながら刻龍の父は、その茶菓子を受け取ってくれた。香鈴も一安心する。
「香鈴ちゃん、ね。 そうそう! 貴方のお家の衣服屋にはお世話になってるのよ〜!」
刻龍の父は付け足すように「うちなんかのお得意様になってくれて嬉しいわ〜!」とも言ってくれる。
そう言ってくれる刻龍の父に香鈴は「こちらこそ、お世話になってますネ」と頭を下げる。
「礼儀正しい子ねぇ〜! これなら、うちに嫁ぎに来てほしいくらいだわ!」
香鈴は話についていけず「へっ?」と間抜けな声を出してしまう。
「そう言ってくれると思っていましたよ。私も香鈴を嫁にするつもりです」
またしても香鈴は「はいっ?」と間抜けな声を出す。
“この親にしてこの子”・・・その言葉の意味がやっと理解できた気がする。
一見、あまり共通点の無い二人のように見える。
だが会話を聞いているとやはり親子、思考回路がそっくりだ。
香鈴が唖然としている間に二人は着々と話を進めていく。
「やはり香鈴には、毎日シルクを着てもらうべきだと思うんですよ」
「良いわねぇ! それでもって、お部屋は・・・どうしようかしら?」
「私と同じ部屋で良いでしょう」
「それもそうね! 夫婦になったら同じ部屋よね〜!」
香鈴が嫁いできたら、という想像をして二人は活き活きと話し合っている。
なんというか、思考回路はまるっきり同じである。やっぱり親子だ。
「あ・・・あのぉ・・・」
ついに収集がつかなくなってきたので、香鈴が声を出す。
「あ、あらぁ!! ごっめんなさいねぇ〜。香鈴ちゃんが嫁ぎに来ることを想像したらつい・・・」
「おほほほ」と照れ笑いを浮かべるが、刻龍の父はスッと真面目になる。
「けれどこの子ならば・・・刻龍が夢中になるのも分かる気がするわ」
いきなりのそんな言葉に香鈴はポカンとする。くすりと笑いながら、刻龍の父は言葉を続ける。
「香鈴ちゃんのことは貴方のご両親からどことなく聞いていただけなのに...
なんだか“香鈴ちゃんじゃないと駄目”って気までするのよ。
・・・不思議よねぇ、まるで昔から決まっていたことみたい」
「あ・・・えっと・・・」
香鈴は何と言えばいいのか分からず、ただ唖然としている。
「そうそう! 香鈴ちゃんは聞いてないだろうけれど・・・
刻龍ったら、2,3日でも休みをとるためにって昨日、仕事すごく頑張ってたのよ」
「え・・・!?」
その言葉にさらに唖然とする香鈴。
『自分の愛する人との時間が少しでもほしいから・・・でしょうかね?』と言ってくれた、刻龍の言葉がよみがえる。
「昨日帰ってきてから・・・夜通しでずーっと! 仕事しっぱなしだったの!」
「よ、夜通し・・・!?」
「そう! 確か、香鈴ちゃんの家から帰ってきてから・・・今日香鈴ちゃんの家に行くまで、ずーっとしっぱなしよ!」
刻龍の父は「それができるのも、相手が貴方だったからかもね」なんて優しく微笑む。

それがもし本当ならば・・・刻龍は昨日から今まで、ずっと眠らずに働き続けていたのだろうか?
・・・それも、自分のために、だ。
靖錬さんは優しい人だったけれど、刻龍のように自分のためだけに何かをやってくれたことは・・・無かった。
それだけ刻龍は自分のことを?・・・そこまで考えたものの、なんだか気恥ずかしくなってきた。
香鈴は首を振り、考えるのをやめることにした。

「あぁ、いけない! 名乗り遅れたわね!」
刻龍の父は、そう言うと一礼する。
「私の名前は摧 謙浄。謙浄と呼んでくれて構わないわ」
「よろしくねっ♪」とウィンクをする刻龍の父、謙浄。
「宜しくお願いしますネ」と香鈴も一礼する。
「それじゃあ、そろそろ仕事に戻るわ。また遊びに着てね! 香鈴ちゃんなら歓迎するわ!」
またしてもウィンクを投げ、刻龍の父は席を立ち応接間を後にした。


刻龍と香鈴も応接間を後にし、刻龍の自室へと戻ってきた。
二人とも、ただただ無言で茶を飲んでいるだけだった。

「・・・・・・」
香鈴は複雑な顔をしていた。

───なんなんだろう、この複雑で胸が苦しくなるような変な感じ・・・。
自分はただお礼を言いに来ただけ、それ以上のことをしようとは思っていなかった。
なのに、謙浄は『香鈴ちゃんじゃないと駄目』と言ってくれた。
自分を一目見ただけで、あんなに真面目な顔でそんなことを言ってもらえたのは・・・初めてだった。
謙浄は自分のことを認めてくれたのだ、嬉しさに似た感情を覚える。
刻龍も・・・自分と一緒にいたいからという理由だけで、今までずっと仕事をし続けていた。
そんなに真剣に自分のことを想ってくれて・・・嬉しいような、けれど複雑で胸が痛くなるような変な感じもする。
この感じは一体何なのだろうか?
・・・大体、自分は刻龍のことなんて別にどうでもいいはずだったのに・・・
自分が好きなのは靖錬さん・・・叶わない恋、叶わなくていい、そんな望みの無い恋だけれど・・・
ますます、この感じが何か分からなくなってくる。

「そんな顔しないでくださいよ」
刻龍はいつものさわやかな優しい笑みで香鈴の頭をそっと撫でる。
すると不思議と、香鈴からはさっきの複雑で胸が窮屈な感じが薄れた。
「刻龍・・・ありがとうナ」
ぽつりと香鈴が言葉をもらす。

────貴方の父親の謙浄さんに会わせてくれて・・・私を真剣に想ってくれて。
ごめんなさいよりも、こちらの言葉のほうがしっくりくる気がした。

「あ、でも寂しそうな顔の香鈴も素敵です」
「な・・・何言ってるアルカー!!」
香鈴は刻龍に向かって手刀を振り下ろす。
それでもいつものさわやかな笑みを崩さず、刻龍は香鈴の攻撃を避け続ける。
気がついたら、さっきの胸が苦しい変な感じはもう残っていなかった。
ムードもへったくれも無いけれど・・・なんだか刻龍とふざけ合うのも心地よいかもしれない。
そんな変化が、香鈴の中で芽生えたのだった。

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