チャイナ☆ラブアル

□第五話
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翌日、いつも通り香鈴は店頭に出ていた。だがどこかぼんやりしているように見える。
おそらく昨日のことを思い出しているのだろう。
「(あいつ・・・無茶苦茶だし図々しい奴で嫌な奴だって思っていたネ・・・
  なのに、なんで刻龍のこと考えると・・・胸が・・・変な感じになるアル)」
ギュッと自分の胸のあたりの衣服を握り締めながら、香鈴はため息をつく。
ちなみに今日、刻龍は来ない。徹夜で働いても1日の休みをつくるのが限度だったらしい。
それほど、彼の父が営んでいて、彼が継ぐのであろう貿易業の仕事は大きいものらしい。
「・・・香鈴! 香鈴!」
柔らかな姉、蓮花の声がする。考え事をしていた香鈴はハッと顔を上げた。
「な、何アルカ?」
少々どもりながらもできるだけ平然を保とうとする香鈴。
「何か考え事?」
おっとりと首をかしげる蓮花に、香鈴はただコクコクと頷く。
「それって・・・刻龍さんのことでしょう?」
クスリと妹に笑いかける蓮花、その仕草もやはり美しい。
売り物である棚の生地を整えながら蓮花は香鈴の様子を見る。
「べ・・・別に、そのぉ・・・あんな奴のことなんて考えてないアルヨ!!」
考えていたことを言い当てられたからか、顔を赤くさせてそっぽを向く香鈴。
「もう、本当に素直じゃないんだから」と蓮花は呆れてため息をつく。
「そんなこと言っても、お姉さんは騙せないわよ? 貴方と何年の付き合いだと思っているの?」
にこりと微笑まれてそんなことを言われては、香鈴も何も言い返せなかった。
「けれど・・・私でも分からないこと、最近増えてきたわ。香鈴も隠し事が上手くなったわね」
姉の言葉に、香鈴はなんだか罪悪感を覚えた。姉の言う“分からないこと”がどういうことなのかが・・・自分には分かるから。
それは姉の恋人の靖錬への恋心のこと・・・靖錬のことを自分も好きだなんて、姉に知られてはいけない隠し事なのだ。
何もしていないが、姉の恋人を好きになってしまっていることは、やはり罪悪感を覚える。
「隠し事なんて・・・無いヨ?」
平然を保ちながら、作り笑いを浮かべて姉にそう答える香鈴。
靖錬への想いは、姉には絶対に知られてはいけない。
「そう、ならそれでいいわ」
姉のその口ぶりは・・・おそらく自分が嘘をついているのも見抜いているのだろう。
けれど、内容が分からなければそれで構わない・・・香鈴はそう思っている。
「あ! そうだわ! ねえ香鈴、ちょっと御使いに行ってほしいんだけれど良い?」
姉がふと思い出したように手を叩く、そして「今日来るお客様にお出しするお菓子を買ってきてほしいの」と言葉を続ける。
なんだか前にもこんな御使いを頼まれた覚えがある・・・けれどあまり気にせずに「分かったアル」と頷いた。
そして香鈴は菓子屋のほうへと出掛けていった。

前に刻龍に教えてもらった菓子屋の菓子は、どのお客様には好評だった。
やはり流石貿易業を営む所の息子なだけあり、たくさんのお店の良し悪しについてよく知っている。
それに感謝を覚えながら、香鈴は刻龍に教えてもらった菓子屋へと向かっている。

「(・・・どうすれば良いアル)」
菓子屋に向かう途中の道でも香鈴の考えることは刻龍のこと、そして靖錬と自分の姉蓮花のこと。
自分の好きな人は靖錬、叶わない恋だと分かってはいるがずっと前から好き。これは今だって変わらない。
・・・けれどそれは、自分の大好きな姉を裏切ることになる気もする。
そのことだけを考えるのも十分しんどい。
それなのに刻龍に出会い彼の求婚が始まって・・・余計に話がややこしくなった。
しかも刻龍のことを考えると・・・原因は分からないが胸のあたりがおかしくなってしまう始末だ。
これでは話がどんどんややこしくなる一方だ。
自分はどうすれば良いのかも、自分の気持も分からなくなってきて、香鈴は思わずため息をついた。

「あれ? もしかして香鈴ちゃん?」
思い耽っているとふと、自分の名前を呼ぶ声がした。
その声には聞き覚えがあって・・・その声の主は自分が先ほどまで考えていた昔からずっと大好きだった相手だ。
「靖錬、さん・・・」
そう、その声の主は小さい頃から自分が恋心を抱いている相手・・・そして姉の恋人である煌 靖錬のものだった。
「久しぶりだね、香鈴ちゃん! 最近会ってなかったよね?」
にこりと自分の大好きな優しい顔で微笑む靖錬。
「久しぶりアル、靖錬さん」
香鈴もにこりと靖錬に微笑みかける、だがその笑顔の裏には酷く苦しんでいる自分がいた。
もちろん靖錬に会えたことはとても嬉しい。
けれど・・・心の中ではあまり会いたくなかった気もする。
先ほどの自分のややこしい考え事の中にいた張本人と会うのは、正直辛い。
「・・・どうしたの、香鈴ちゃん? なんだか様子が変だけれど・・・」
心配そうに眉を垂らす靖錬に、香鈴はハッとする。
・・・しまった、できるだけ自然体でいようと思ったのに・・・やはり態度に出てしまっていたようだ。
「なな、なんでもないアルヨ!! それじゃあ、また!」
香鈴はその場をダッと走り去った、後ろから靖錬が「香鈴ちゃん!?」と驚くように呼びかける声も聞こえたが、気にしない。

ちょうど手前の角を曲がり数メートル走ったところで、誰かにドンッとぶつかった。
「あ、ごめんなさいアル・・・うぇ!!?」
そのぶつかった相手とは・・・刻龍だった。
「偶然ですね、香鈴。なんだか急いでいるみたいでしたが・・・どうかしましたか?」
いつも通り刻龍はさわやかな笑みを浮かべ、落ち着いた様子で香鈴に尋ねる。
「な、なんでも・・・無いヨ・・・」
まさか靖錬の次には刻龍に会うとは・・・予想外を通り越して自分の不運を呪った。
今は自分のややこしい考え事の中にいた相手とは会いたくないのに・・・。
「先ほどの相手は、誰です?」
刻龍の一言で現実に引き戻された香鈴。
一瞬、ほんの一瞬で勘違いだったかもしれないが・・・刻龍の視線が鋭く痛いものに感じた。
「先ほどの相手・・・?」
刻龍の言葉の意味がよく分からず、香鈴はオウム返しのように刻龍の言葉を繰り返す。
「香鈴と話していた男性ですよ。ほら、翠の髪の男」
はき捨てるようにそう言う刻龍は、なんだかいつもと様子が違う。
怒っている・・・ようにも見える。
「えっと・・・靖錬さんのことカ?」
香鈴がおそるおそる靖錬の名前を出すと「あぁ、たぶんそいつです」と不機嫌そうに短く返事をする刻龍。
・・・見ず知らずの相手を“そいつ”呼ばわりしてもいいものなのだろうか。
「あの男、ずいぶんと香鈴と馴れ馴れしく話していましたね・・・何者ですか?」
「何者って・・・靖錬さんは姉さんの幼馴染アルヨ」
香鈴の言葉は嘘ではない。香鈴が恋心を抱く以前に、靖錬は姉の幼馴染である。
なんとなく“姉の恋人”とは言えなかった。心の奥底でまだ靖錬のことを諦めたくない自分がいる。
こんなところで、自分はこんなに女々しいのかと実感させられる。
「お姉さんの幼馴染・・・ですか。それにしてはやけに話をしているときに焦っている様子でしたね」
刻龍の黒曜石のような黒い瞳が、まるで香鈴の心を見透かすように光を宿す。
その瞳に吸い込まれてしまいそうで、耐えられなくなり香鈴は目をそらす。
なんだか自分が疚しいことでもしたかのような気分だ。
「あ、焦ってなんかいないアル・・・お、お前は勘違いしているネ」
「私が何を勘違いしていると?」
刻龍はいつものさわやかな笑みではなく、たっぷりと皮肉を込めた笑みを浮かべる。
「だから、その・・・靖錬さんは姉さんの恋人アル」
「へぇ。あの人、蓮花さんの恋人だったんですか」
刻龍がそう言って微笑む、だがその微笑みにはやはり皮肉が込められている。
「てっきり、香鈴があの男に想いを寄せているんだと思っていました。
・・・けれどお姉さんの恋人に恋心を抱くなんて有り得ませんよね」
「・・・」
香鈴はその言葉にぐっと押され、何も言えなくなる。
その沈黙をどうとったのか、刻龍がまた話し始める。
「・・・あぁ! もしかして、あの男は蓮花さんとも香鈴とも恋仲という関係なんですか?
 二股ですか・・・いけない男ですねぇ」
皮肉な笑みを浮かべた刻龍の言葉に、ついに香鈴は頭の中で何かの切れる音がした。
そして目の前に立っている刻龍の頬を思いっきり掌で叩いた。
「靖錬さんの恋人は姉さんだけアル!! 靖錬さんが二股しているわけじゃ無いヨ!!
 ただ私が勝手に靖錬さんのことが好きなだけネ!! 単なる私の片思いアル!!
 靖錬さんが愛しているのは姉さんだけ、私のことは愛していないネ・・・!
私が悩んでいるのを何も知らないで・・・勝手にズカズカ入り込んで来るなヨ!! 図々しいにも程があるネ!!」
香鈴は思っていたことを全て口に出した、一息でしゃべったからか息が苦しそうだ。
そんな香鈴の言葉を、ジンジンと痛む頬を押さえながら刻龍は聞いていた。
「こ、香鈴・・・」
「うるさい!! お前なんか大嫌いアル!!」
そう言うと香鈴はその場を走り去った。
後ろで刻龍が呼び止めているが、そんなことには耳を傾けずにただただ走っていく。

香鈴の走る道は一本道だ、そしてその道は街の外の森へと続いている。
その森は・・・山賊が集まっている危険な場所だと誰もが知っている場所だった。
けれど今の頭に血が上っている香鈴にはそれを思い出すことができなかった。

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