チャイナ☆ラブアル

□第六話
1ページ/1ページ



「香鈴! 何処ですか、香鈴!」
日は既に落ち、月が顔を出している。そんな空の下、刻龍は香鈴を探していた。
山賊の集まる危険な場所、と言われている森の中を。


夕方になってから、刻龍は衣服屋へと訪ねた。

─────昼間は香鈴に酷いことをした。頭に血が上ってしまい、酷い言葉を口にしてしまった・・・そのことを謝らないと。
自分の好きな人のことを悪く言われるのは、誰だって嫌に決まっている。
それが分かっていたのに身勝手な嫉妬心が止まらず、香鈴に酷いことを言ってしまった。刻龍は酷くそのことを後悔していた。
本当はあのまま森のほうへと走る香鈴を追いかけて謝りたかった刻龍だが、彼も一応裕福な貿易業を営む所の息子なだけあり、仕事はたくさんある。あの時もちょうど接待の仕事へと行く途中だった。
恋人よりも仕事を優先するのはどうかとも思ったが、香鈴だってしばらく一人になりたかっただろう・・・と思い、刻龍はあのまま仕事へと向かった、
無論、仕事先でも香鈴のことしか頭に無かった刻龍だが。
いくらなんでもそのまま香鈴が森に入るとは思えなかった、なので既に家へと帰っていると思い、刻龍は衣服屋を訪ねたのだ。

だか、店頭にいた美雨に香鈴のことを聞くと、思いもよらない答えが返ってきた。
「あら? 香鈴は御使いに行ったまま帰ってきていないわよ? ・・・あの子も、遊びたい年頃なのかしらね?」
何も知らない美雨は、にこにこしながらおっとりと話す。
その言葉を聞き、刻龍は美雨に頭を下げるとすぐに店を出て行った。
いきなり走り出す刻龍に驚いた美雨が刻龍のことを呼び止めていたが、刻龍にはその声が全然届いていなかった。

「(香鈴がまだ家に帰っていない・・・!?)」
刻龍は急いで昼間に香鈴と別れた道へと戻った、だが無論香鈴の姿はそこにはない。
もしかしたら、単に街で買い物をしているだけかもしれないとも思ったが・・・刻龍はなんだか嫌な予感がした。
「(もしかしたら、あの森に・・・!!)」
確信は無いが、そんな予感がした。
日は既に落ち辺りは暗くなっていた。そんな中、刻龍はそのまま森へと入っていった。
そして、物語は冒頭へと戻る。

「いない・・・。私がつまらない嫉妬心であんなことを言わなければ、こんなことには・・・!! 香鈴!!」
刻龍はその場で地団駄を踏み、手近にあった木を拳で殴る。
それには自分のしてしまった行為に対しての苛立ちが見えていた。

────ふと、人の話し声が聞こえた。
刻龍はとっさに木の陰へ隠れて、そっと耳を澄ます。

「・・・今回の女は上玉だったな」
「女と言っても、まだ小娘だろう? 顔は好みだがな」
5,6人の男たちの下品な笑いが聞こえる。
「でもあの娘、服装からしてそれなりの商業でも営む所の娘だろ? まあ少しは金になりそうだな」
「本当はそれだけにするつもり、無いんだろう?」
「ははっ! まーな! あの小娘には酷い目に合わされたから、少しくらい奉仕してもらわねーと!!」
そしてまたしても下品な笑い声が森の中へ響く。

見て分かるとおり、彼らはこの山にいる“山賊”なのだろう。
「(奴らは・・・あの時の!)」
刻龍にはあの男たちに心当たりがあった。
そう、あの時路地裏で香鈴を襲おうとしたところを、刻龍に一人残らず倒された山賊たちだ。
だが刻龍にとって、そんなことはどうでもよかった。
「(会話からすると・・・奴らが話しているのは、おそらく香鈴のこと!)」
そうと分かれば刻龍は後ろから奴らのほうへと忍び寄る。そして・・・
「うっ!」
「ぐあっ!」
「あ゛ぁっ!!」
前にいる奴へ拳を打ち込み、後ろにいる奴に回し蹴りをし、そして横から来る奴に踵落としをして……
次々と男たちは刻龍によって倒されていく、そして声をあげその場にバタバタと倒れていった。
「このっ!」
まだやられていなかった一人の男が刃物を出そうと衣服の中に手を入れる、だが・・・
「・・・道案内、してくれませんかね?」
刻龍が小刀を出すほうが早かった。男の首筋へとあてがい、にこりと刻龍は微笑む。
引きつった笑顔で、男はこくりと頷いた。


森の奥へ奥へと歩いていけば、刻龍とその男は大きな建物の前へと到着した。
おそらくこれは、山賊達の“アジト”のようなものだろう。
大きくて華美な装飾の施された建物だ、だがどこか古ぼけた薄汚い感じもする。
こんな山奥にある建物だから、街の建物のように綺麗では無いことは当たり前かもしれないが。
「こ、ここに連れて行った。あとは中の奴に任せたから俺は知らねぇ! 本当なんだ!! だから、命だけは・・・」
男の言葉が終わる前に、刻龍は肘で男の腹の辺りを思いっきり殴り気絶させた。
男は「うっ・・・!」と小さく呻きその場に倒れ込む。
「男が命乞いなんてみっともないですよ? ・・・あ、もう聞こえていませんね」
泡を吹きながら倒れる男を一瞥してから、刻龍は建物の中へと入っていった。

足音を立てないように、刻龍はそっと建物の中へと侵入する。
中の装飾も華美といえば華美だが、どこか薄汚くさびついている・・・気味の悪いところだ。
香鈴は・・・おそらく閉じ込められているのだろう。
ここは山賊達のアジト、それならば人を監禁する専用の部屋ぐらいあるはず。
きっとその部屋は外側から鍵をかけるタイプの部屋、だから一目見れば扉に鍵がかかっていることが分かるような部屋なのだろう。
刻龍は、慎重に慎重に・・・渡り廊下を歩き、部屋の扉を見ていった。



今の自分よりも低い視線で景色が見える、何処なのかはよく分からない。
そして、理由は分からないが何かに恐怖を抱く自分がいた。
────けれどその恐怖からはふっと開放され、そして少年の声が聞こえた。
『大丈夫、君は・・・必ず守る』

そこで香鈴は目が覚めた。
「さっきのは・・・夢、アルカ?」
夢ならば辻褄が合わないことだらけな展開も頷ける。そうか、夢だったのかと香鈴は一人納得した。
香鈴は今自分のいる場所を確認しようとしたが、そこは薄暗くて周りがよく見えないので確認のしようがない。

刻龍と別れてから、香鈴は無我夢中で走り続けた。無論周りなど全く見ずに。
しばらくすると、山賊がいるから危ないと言われていた森の中へと入り込んでしまったことに気づいた。
────小さい頃から、あれほど近づくなと言われていたのに・・・。
香鈴は急いでその森から抜けようと今来た道を引き返そうとしたが、いきなり後頭部に激痛が走る。
そしてそれ以降の記憶は既に無い。

「きっと、後ろから殴られたアルナ・・・おそらく森にいる山賊の仕業ネ。
 それで・・・今私は、拉致されたところアルカ」
今の自分の現状がやっと把握しきれた頃には、香鈴の目もだいぶ暗闇に慣れていた。
自分は狭く傷の目立つ部屋に閉じ込められているようだ。
部屋についている傷は人が何かで殴ったかのような傷だった。
おそらくここは自分以外にも何人もの人間が閉じ込められていて、その時の人間がつけた傷なのだろう。
香鈴は部屋の扉へと近づき、そっと押したり引いたりしてみる。だが勿論扉はびくともしない。
────やはりここは・・・壁を直接破るしかない。
香鈴は壁につく一番大きな傷を探す、そしてその傷にそっと手を這わす。
「結構硬い・・・けれど、この傷を使うしか手段は無いネ」
香鈴は壁から間合いをとり、そして傷へと飛び蹴りをする。
そしてそれを何度も何度も繰り返す。

数百回・・・香鈴は壁を蹴り続けたが、それでも壁が壊れる気配は無い。
さすがに香鈴の足にも限界がきていた、青い痣ができてしまっている。
「もう、足は限界アルナ・・なら」
次に香鈴は拳を打ち込む体勢へと入る。
蹴り技でもびくともせず、ましてや痣までできてしまうような硬さの壁に手が敵うかは分からないが・・・それでも香鈴は拳を打ち込む。
やはり手には激痛が走る、足のときよりも随分酷い痛みだ。
だが香鈴は拳を打ち込み続けた。
手に血が滲んできて壁を血まみれにしながらも、香鈴は拳を打ち込むのをやめなかった。



────ドンッ・・・ドンッ・・・
刻龍は壁を叩くような音が聞こえたので、思わず辺りを見回す。
「(これは・・・香鈴!)」
刻龍は直感的にそう感じ、音のするほうへと走っていった。
すると、ご丁寧に南京錠のかかった小さな部屋を見つけた。
その部屋から、壁を叩く音が聞こえる。
「香鈴・・・香鈴ですね!」
刻龍が名前を叫べば、部屋の中から「く、刻龍!?」と驚いた香鈴の声が聞こえてきた。
「今、助けます!」
刻龍はそう言うと、懐から細い針金を取り出した。
それで器用に南京錠を開けて、その場に放り投げる。
勢いよく扉を開ければ、手を血まみれにしながら壁を殴る香鈴の姿があった。
「香鈴!」
刻龍は物凄い勢いで香鈴を抱きしめる。香鈴はただ唖然としていて、されるがままだった。
「香鈴・・・すいません」
「刻龍・・・?」
「すいません、香鈴に酷いことを言って・・・。私は馬鹿です、嫉妬にかられたからといって香鈴に酷いことを言ってしまった・・・」
刻龍の言葉を香鈴はただただ呆然と聞いていた。そして、ある一言が気にかかる。
────嫉妬?
香鈴は首を傾げながら、今日の刻龍の様子を思い出す。
怒っているようで機嫌が悪く、いつものさわやかさも消えていた。初めて見る刻龍の態度だったから、少し怖かった。
────その理由は靖錬さんへの嫉妬心?
香鈴は、刻龍には嫉妬なんて感情は無縁だと思っていたから、少し変な感じもした。だが同時に可愛らしいとも感じてしまう。
思わず香鈴はくすりと笑ってしまった。
「わ、笑わないでくださいよ・・・私だって、嫉妬くらいしますよ?」
若干頬を赤らめながら、刻龍は視線をそらす。
あ、そんな顔もするんだ・・・と、香鈴は一人感心する。
「私こそ・・・刻龍のこと殴っちゃってごめんアル」
刻龍の謝罪で、香鈴も自分のしてしまったことを思い出す。
あんなに思いっきり殴ったからさぞかし痛かっただろう・・・香鈴は心配になって自分の殴ってしまった刻龍の頬を見る。
「私は平気ですよ。それに・・・あの時殴られなかったから、私は正気を取り戻せなかった」
刻龍の浮かべる笑みは、いつものさわやかなものだった。昼間のように怖い感じももうしない。
刻龍は名残惜しげに抱きしめていた香鈴を離し、そっと香鈴の手をとる。
そして香鈴の血まみれになってしまった手を優しく撫でる。
「痛く、ありませんか?」
心配そうにそう尋ねる刻龍に、香鈴は「心配いらないヨ」と精一杯の笑顔で答えた。
「では・・・早くここから逃げましょう。いつ奴らが気づくか分からない」
刻龍の言葉に、香鈴も大きく頷く。
そして二人は渡り廊下を物凄いスピードで走っていった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ