チャイナ☆ラブアル

□第七話
1ページ/1ページ


パタパタという軽い足音だけを立てて、香鈴と刻龍の二人は順調に廊下を走っていった。

けれど、あと少しで出入り口まで着くというところで十数人の盗賊に囲まれてしまった。
「もう逃げられねーぜ、お二人さん」
後ろからも次々に盗賊が出てきて、香鈴と刻龍は五十人ほどに囲まれる形となってしまった。
しかもその五十人は、もれなく全員刃物を所持しているようだ。
「まとめて私が相手を・・・!」
香鈴はそう言って前に出ようとする、だがそれは刻龍の右腕で制止させられる。
「香鈴は下がっていて」
刻龍の有無を言わせぬ威圧的な言い方に、香鈴は何かを言おうとしたが黙って下がることにした。
そんな香鈴に、刻龍は振り返って柔らかく微笑みかける。
「大丈夫、君は・・・必ず守る」
「えっ・・・」
刻龍はそれだけ言い残すと香鈴の声も聞かぬまま、盗賊達の中へと突っ込んでいった。

────さっきの刻龍の言葉、夢の中で聞いた言葉と同じ・・・。
そう思った途端、いきなり香鈴の頭の中を何かが過ぎった感覚がした。それと同時に頭にツンと痛みが走る。
「(何かを、思い出せそうなのに・・・)」
香鈴は両手で頭を抱える。さっき、何か奥底に眠る記憶が思い出せそうな気がしたのだ。
でも、それを思い出そうとすればするほど、頭の痛みも強くなる。

「香鈴!」
刻龍の呼びかけに、香鈴はすぐに頭をあげた。
そうだ、今はここから逃げることが先なのだ。
「何アルカ?」
真剣な面持ちで、香鈴は刻龍へと視線を向ける。
苦笑を浮かべた刻龍が香鈴のほうを振り返る。
「すみません、いくら私でも数十人を相手にするのは無理そうです。
・・・けれど、帰路くらいならなんとか確保できます。
私が敵を倒しながら出入り口までの道をつくりますから、香鈴はその私の後ろを走ってください」
香鈴はただただ無心に首を縦に振る。すると刻龍はフッと笑みを浮かべて「では、いきますよ」と構えをとる。
盗賊達が刻龍のほうへと襲い掛かってきた瞬間、刻龍はその盗賊達を一気に蹴り飛ばす。そして向かってくる敵を出入り口に向かって一直線上に倒していく。
香鈴は敵を倒していく刻龍の後ろを走る。たまに横から向かってくる敵を跳ね除けるくらいのことなら香鈴にも余裕にできた。
そして2人はなんとか敵の間を走り抜け、そのまま外へと飛び出した。


外へ出ても盗賊達が数人追ってきたが、しばらく走っているとその足音も聞こえなくなった。
気がついたら既に2人は森を抜けていて、街へと続く道をゆっくりと歩いていた。
月明かりしか無い薄暗い道を、香鈴と刻龍はしばらく無言で歩く。

「・・・今日は、とんだ一日となってしまいましたね」
しばらくして、刻龍は苦い顔でそう呟いた。
「香鈴と喧嘩をしてしまったことが、私としては一番辛かった」
未だに苦い顔をしている刻龍に、香鈴は「自業自得ネ」と言ってツンとそっぽを向く。
「・・・そうですね、やっぱり私の自業自得ですよね・・・すみません」
よほど刻龍にとって香鈴と喧嘩したことがショックだったのだろう、刻龍はいつものキリッとした眉を力なく垂れさせる。
香鈴はそんないつもと違う様子の刻龍に、思わず言葉を詰まらせた。
────なんでだろう。刻龍が落ち込んでいると、胸が痛む。
「べ、別に・・・私はもう怒っていないネ!」
香鈴は前を向いたまま、ぶっきらぼうにそう言い放つ。
「それに、お前は・・・私を助けてくれたアル」
顔が赤くなるのを感じながら香鈴はそう言葉を続けた。夜風にあたっていても、何故か香鈴の顔の火照りは治まらない。
「・・・香鈴のためなら、私は何でもするつもりですよ?」
そんな香鈴に、刻龍はにこりと柔らかく微笑みかける。
「でも、やっぱり私は香鈴に今日のことのお詫びがしたいですね」
そう言うと刻龍はおもむろに懐をまさぐり、白く輝く宝玉を出してみせる。
「これは・・・?」
「耳飾りです、香鈴に似合うと思って」
「差し上げます」と言って刻龍は香鈴にそっと差し出す。
香鈴は少し戸惑いながらも、その耳飾りを受け取った。
「貿易業なんかを営んでいると、いろんな地方の物を扱うんですよね。この耳飾りもその一つです」
苦笑を浮かべながら刻龍は、「自分のところで扱う商品を自分で買うなんておかしな話ですが」と言葉を付け足す。
「ありがとう、刻龍・・・」
香鈴はぽつりとそう呟く。
「・・・この耳飾りも、今日助けてくれたことも・・・」
風にかき消されてしまうような小さな声だったけれど、もちろん香鈴の声はきちんと刻龍の耳に届いた。
けれど刻龍の表情は、何故か少し驚いたものとなる。
「お礼、言ってくれるんですか?」
刻龍の言葉に、香鈴は怪訝そうな顔をする。
「当たり前アル」
眉をしかめる香鈴の顔を、刻龍はじっと覗き込む。そしてしばらくするとおそるおそる口を開いた。
「・・・じゃあ、嬉しいって、思ってもらえたんですか?」
刻龍のその言葉に、香鈴は昨日自分が言った言葉を思い出した。

『私だって、嬉しいことをしてもらったらお礼くらい言うヨ!』

ここで「その通りネ!」と堂々と言えれば、どんなに清清しいだろう。
けれど香鈴には、そんなに素直に「嬉しかった」なんて言えない。
でも、ここで何も言えないのもそれはそれで悔しい。
「少なくとも、嫌ではなかったアル」
こんな可愛げのないことしか言えない自分に、香鈴は心の中で肩を落とす。
けれどその言葉は、刻龍の顔を笑顔にするには十分すぎる言葉だった。
「香鈴にそう思ってもらえたのなら、私も嬉しいです」
満面の笑みを浮かべながら、刻龍は香鈴にそう答える。
────そんなに恥ずかしい言葉、サラッと言わないでほしいヨ。
そんな刻龍の言葉に、香鈴は顔を赤くしながら心の中で悪態を呟く。
そして照れ隠しのように、香鈴は先ほど貰った耳飾りを耳につけるのだった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ