チャイナ☆ラブアル

□第九話
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少女────香鈴の肩は、先程の恐怖のせいで未だに震えていた。
「最低な、男ですね」
香鈴への慰めの意味も含め、刻龍は忌々しげにそう呟く。
当の香鈴はこちらを見てくれてはいるが、言葉を返してくれない。
先程まであった威勢が嘘のようだ。
「彼は・・・香鈴ちゃんの、許婚か何かなんですか?」
“縁談”“断る理由”“納得していない”・・・二人の会話の中にあった言葉を、刻龍は自分の頭の中に並べてみる。
個人的に恋仲であっただけならば、あんなに相手を強制させる言葉は出てこないはずだ。
しかし、親が間に入った“許婚”という関係ならば話は別である。
香鈴は首を縦に振ろうとした、けれど横にも振ろうとする。どちらに首を振ればいいのか分からなくて、困惑しているらしい。
「親は・・・私が自由にしていいと言ってくれたけれど、結婚には賛成的ヨ。でも・・・私は嫌アル」
「嫌なのは、どうしてですか?」
「あいつ・・・強くもないくせに、財産だけを狙って私と婚約しようとするアル」
「・・・それは、嫌ですね」
項垂れる香鈴に、腕を組みながら刻龍も頷いた。
彼女の服装を見れば、それなりの商家の娘であることは分かる。
それならば財産を狙って、というのも考えられなくもない。
「私の家が貿易業を営む摧家とつながっていることも考えて、狙っているらしいアル」
「っ!?」
刻龍は声にならない声をあげて、目を見開く。
初対面の少女の口から前触れもなく自身の家のことがいきなり出てきたのだ、驚くのも無理はない。
「? どうかしたアル?」
「・・・なんでも、ありません」
咳払いをして刻龍はどうにかごまかそうとした。
「えっと・・・香鈴ちゃんの家は、商家なんですか?」
香鈴はこくりと頷く。
「私の姓は“林”アル。衣服屋を営むネ」
「・・・あぁ」
林家の衣服屋、その名前はよく聞いている。昔からつながりがある家だ。
そこまで会話をすると、ようやく刻龍の家に到着した。なのでその話しは一時中断となった。


「・・・そういえば、刻龍さんの家で一体何をするアル?」
しばらく会話をしていたお陰か、香鈴もようやく少し落ち着いたらしい。けれど、顔の色はまだ真っ青だ。
恐怖が、抜け切らないのだ。
刻龍は軋むような痛さを胸に覚えた。
「・・・飲み物を出します」
そう言って刻龍は奥へと入っていった。


刻龍は奥に入ると、戸棚からある薬草を取り出した。
「・・・これを使えば、彼女は怖かった記憶を・・・」
そこまで言葉にしてから、刻龍は神妙な面持ちで薬草を湯で煎じ始めた。
「私のことも忘れてしまうだろうけれど、それがあの子の幸せなら・・・」


しばらくすると奥に入っていた刻龍が戻ってきた。
「お茶、入りましたよ」
にこりと笑みを浮かべて、刻龍は香鈴に茶を差し出す。
香鈴はそれを受け取って、しばらく緑の水面に浮かぶ自身の顔を見つめていた。
「私には・・・好きな人がいるネ」
ぽつりと呟かれた香鈴の言葉に刻龍は優しく、そして少し寂しそうな表情を浮かべる。
「その人と結婚してしまえば、先ほどの男はもう近寄ってきませんよ」
けれど香鈴はその言葉に、静かに首を横に振る。
「できないアル・・・その人は、私の姉さんと恋人同士ヨ。私の入る隙なんて無いネ」
そこで刻龍は気づいた。

────私が納得していないことが一番の理由ネ!

少女の先ほどの言葉がよみがえる。
結ばれない恋と分かっていながら、香鈴は姉の相手への恋心を忘れられなかった。
だから、納得していない、というのが一番の理由だったのだ。

「・・・では、私が香鈴を守ります」
何故そんな答えが出たのか、それは刻龍自身にも分からなかった。
香鈴も驚いたように目を見開く。
「大丈夫、君は・・・必ず守る」
刻龍のその言葉に、香鈴は先ほど以上に目を見開き、驚きの表情を見せる。けれど安堵感も感じたようで、表情も柔らかくなり、顔色も少し戻ってきていた。
「刻龍さん・・・」
にこりと微笑み、刻龍は先ほど香鈴に渡した茶をそっと取り上げる。そして自身の口へと注ぎ込む、そして・・・
「っ!」
香鈴へ無理やり口付け、口内の茶を無理やり飲ませた。
いきなりの行動に頭がついていかないらしく、それが終わるまで香鈴はなすがままとなっていた。


「・・・な、何するネエエエ!」
茶を全部飲み干した後、しばらく虚ろな瞳でぼんやりしていた香鈴も我に帰ったらしい。ありったけの力で刻龍を突き飛ばす。
すると刻龍は綺麗に吹き飛び、床へと叩きつけられた。
「さ、流石です香鈴・・・。私は貴女のそんな迷いのない技に惚れました」
突き飛ばされて痛いはずなのに、刻龍は頬を紅く染めて惚れ惚れとした表情をしていた。
「う、うるさ・・・っ」
香鈴はパタリとその場に倒れてしまった。
刻龍がそっと抱きかかえても、気を失っているようでぴくりとも動かない。
「・・・ようやく、効きましたね」
香鈴か倒れたことにはあまり驚かない様子、こうなることが分かっていたからだ。
「・・・刻龍」
奥から、香鈴でも刻龍でもない、他の人間の声がした。
出てきたのは線の細い男性、刻龍の父親である謙浄だった。
「この漢方薬の蓋、ゆるんでいたわよ。あんたが使ったんでしょう」
刻龍は、しまった、と言いたげな表情で視線をそらす。
「これには記憶を消す作用があって危険なものだって・・・あれほど言ったでしょう?」
「分量はきちんと量ったので大丈夫です。ここ一時間ほどの記憶しか消えていません」
「あ、あんたねえ・・・」
謙浄は呆れた様子でため息をついた。そして前髪を掻き揚げてから、更にもう一度ため息をつく。
「・・・その子は?」
「・・・・・・・・・私が守りたい子です」
たっぷり三十秒ほどかけて、刻龍はそんな答えを導き出す。
「へぇ〜」
にやり、そんな擬音がしそうな笑みを謙浄は浮かべる。
「何度も何度も縁談を断り続けたアンタが守りたい相手、か・・・相当気に入っている子なの」
「う、うるさいですねぇ・・・」
ばつが悪そうに視線を逸らす刻龍を、更に謙浄は面白そうに眺める。
「何かあったの、その子。それなりの理由があったんでしょ」
木でできた漢方薬の容器を突き出しながら、謙浄は尋ねる。
「・・・まあ、そうですね」
多くは語らないスタンスで刻龍は応じる。
「それ飲んだ後は、しばらく眠っているわよ」
「ならば私が彼女を家まで送ります。家の前に座らせておけば、家人が気づくでしょう」
刻龍は未だに気を失った────眠ったままの香鈴を横抱きにして、戸口へと向かう。
「ねえ刻龍」
そんな刻龍の背中に、謙浄は問いかける。
「それを飲ませたって事は、起きたときにはアンタのことなんて忘れているわよ」
刻龍は自嘲的な笑みを浮かべる。
「・・・彼女の恐怖が消えるなら、それでいい」


三十分ほどすると、家の者────おそらく彼女の姉が、香鈴に気づいたらしい。眠っている香鈴を家の中へと引っ張り込んでいった。
それを見届けてから、刻龍はある家に向かった。
豪奢な貴族の家ではなく、何処にでもある古着屋を営む商家。
「香鈴の言っていた名前で・・・思い当たるのは、ここですね」
刻龍は香鈴から、路地裏で自身が叩きのめした男の名前を聞いていた。
その男の名前はどこかで聞き覚えがあった。摧家との繋がりをとにかく欲して、何度も商談を申し込んでいた家の男だ。
「私自身、この家の羽虫は厄介だったから・・・丁度良いですね」
人の悪い笑みを浮かべ、刻龍は深海を思わせる深い青の髪をなびかせながらその店へと入っていった。






「あっはは! あれ以降面倒な商談がぱったり来なくなったと思ったら・・・刻龍の仕業だったの!」
刻龍は三年前の過去を洗いざらい話した。すると謙浄は愉快そうに笑い出す。
「・・・すみません、あの時の自分は幼かったです」
「むしろ助かったわ。厄介だったのよね」
過去の出来事の辻褄が合い、謙浄はご満悦な表情だった。

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