チャイナ☆ラブアル

□第十話
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最近、眠れない日が多い。
おそらく、数日前の刻龍とのやり取りが原因なのだと思う。
ちなみに刻龍とは、あれ以来まだ会っていない。
(なんで・・・私が、あんな奴のことを考えないといけないアル・・・)
疲れの取れないだるい体を寝台から起こすのに一苦労し、香鈴は身支度を済ませて店を開ける準備を始めた。

「あら。お早う、香鈴」
店の準備をしていると、いつも通り姉がたおやかに微笑みかけてくれる。
両親と姉には、盗賊に捕まったことについては話していない。
あれは元々自分の不注意でまねいた出来事だ、それに刻龍に助けられたということを話すのもなんとなく嫌だった。
「お早う、姉さん」
香鈴も姉へ笑みを向ける。しかし。
「……どうかしたの、香鈴。最近元気の無い日が多いわ」
その笑顔にぎこちなさがあったのか、蓮花は心配そうに香鈴の顔を覗き込む。

───姉さんは……靖錬さんにもこんなふうにするの?

何故そこで靖錬が出てきたのか分からないが、ついそんなことを考えてしまった。
「え? 靖錬さんがどうかしたの?」
しまった。心の中で考えていたつもりだったが、口にも出ていたらしい。
「えっと……」
「あ、忘れていたわ! 香鈴にも話さないとって思っていたのに……!」
嬉しいことを思い出したらしい、姉は明るい顔でぱんと手を叩く。
「お姉さんね、来月になったら靖錬さんと結婚するのよ」

頭の中が、真っ白になった。

どうやらいろいろと忙しかった靖錬の実家もずいぶんと落ち着いたらしく、結婚の準備を整えることができたそうだ。
精錬が婿養子となり、姉と共にこの衣服屋を継ぐそうだ。
嬉しそうな姉の声が遠くに聞こえる。

気がついたら香鈴は家を飛び出していた。
驚く姉の声も、いつも通りおっとりとした母の声も、怒った父の声も、全部聞こえないふりをした。



「なんで私、お前のところに来ちゃったんだヨ」
「それは私のほうが聞きたいのですが」
無意識のうちに、香鈴は刻龍の家へと足を運んでしまっていた。
まだ朝の早い時間だったので、刻龍も自分の部屋にいた。
刻龍は微苦笑を浮かべながら香鈴の向かいの卓へと腰を下ろし、侍女達に茶を持ってくるように頼んだ。
そして香鈴は、自分でもどうしてそんなことをしようと思ったのか分からないが、今朝の出来事をぽつりぽつりと刻龍へと話した。
「成程。つまり香鈴の家の衣服屋は、お姉さんとその婿養子が継ぐというわけですか」
刻龍は落ち着き払った様子で茶を飲む。
「……私はそうなってくれて万々歳なんですがね」
「刻龍!」
香鈴が怒りに任せて卓を叩く。
ばんっ、という大きな音が響き、近くにいた侍女が小さく悲鳴をあげる。
そこで香鈴は我に帰り、慌てて居住まいを正す。
「ご、ごめん」
「いえ、別に気にしていません」
刻龍は落ち着いた表情で、頬杖をつく。
「先ほどのはあくまで私の私見なので、あまり気にしなくていいですよ。……問題は、香鈴がどうしたいかです」
「……私、が?」
「ええ」
刻龍はおだやかな微笑を浮かべる。しかしその微笑は姉や精錬が向けてくれるものよりも……優しいもののように感じた。
けれど何故か、香鈴にはその微笑が辛そうなものにも見えた。
「香鈴がしたいようにする、これが一番だと思います。……悔いの残らないように」
「刻龍……」


───どうして、刻龍がそんなことを言う?
刻龍は最初、無理やりにでも自分を妻にしようとした。
そして精錬のことは気に食わないという態度だったではないか。
それなのに、何故。
───なんで今は、私のしたいようにすればいい、なんて言えるアル?
相手に選択をゆだねるということは、自分で強引に振舞うよりも遥かに勇気のいる行為ではないだろうか。
しかし香鈴はそこでようやく気づいた。先ほどの微笑が、辛そうなものに見えた訳が。
───刻龍は、優しい人だからアル。
優しい人だから、自分のことよりも香鈴のことを考えて、そう言ってくれたのだ。
けれど、相手へゆだねるという行為が、辛くないわけない。
だから刻龍は、辛そうに笑うことしかできなかったのだ。
───刻龍。
刻龍の気持ちを、無駄にしたくない。


「刻龍」
香鈴は顔をあげる。決意を込めた瞳で、刻龍の瞳を見つめる。
「精錬さんに、会ってくるヨ」

───私は、今しなくてはいけないこと……したいことを、すればいいネ。

刻龍に言ってもらえた言葉のお陰で、その答えを導き出すことが出来た。

───精錬とのことに、決着をつけたい。

「……そうですか」
刻龍はこうなることが分かっていたらしく、落ち着いていた。
「刻龍……ありがとう」
それだけ言うと、香鈴が腰をあげた。
「明日は久しぶりに休みなんです。よかったらまた遊びに来てください」
香鈴はその言葉に頷き、刻龍の家を後にした。

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