俺様王子にアホ姫様

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全力疾走をしばらく続けていれば、葵はいつの間にか理事長室の前へとたどり着いていた。
乱れた息を整えながら、葵はふと先ほどの出来事を思い出し、おもわず赤面する。
「(な、なんだったんだよあの男・・・!! 浅田・・・とか言ったっけ? あいつホモなのか!? 意味分かんねぇ!!)」
普通に女の子が好きだった葵にとって、勇人の行動は理解できなかった。
少なくとも葵の常識の中では、キスというものは男女で交わすもの・・・とりあえず男同士でするものでは無かった。
「(あいつが・・・俺のファーストキスの相手・・・・・・)」
自分が先ほどしてしまった勇人とのキスを思い出し、大きく肩を落とす葵。
ファーストキスの相手がまさか男になるとは思わなかった、自分はホモじゃないのに・・・と大きくショックを受け、その場にしゃがみ込む葵。

すると突然、目の前にある理事長室の扉が開いた。
考え事をしていて自分の世界へと入っていた葵は、突然のことに驚き大きく足を開く形でその場にしりもちをついた。
おそるおそる扉を開けた人物を見ると・・・私立鈴星学園の理事長、そして葵の父親である坂上荘介だった。
「遅いぞ葵! お父さん心配で今から探しに行こうとしていたんだよ! でも、ここまで無事に来れてよかった!」
大好きな自分の息子に会えて、父荘介は満足そうな表情を浮かべていた。
「(全然、無事じゃなかったよ!!)」
心の中で葵は毒づいた。だが荘介はそんなことも知らずに葵の体勢をまじまじと見る。
「・・・葵! そんな格好しているんじゃない! お父さんだって襲いたくなっちゃうだろ!?」
「む、息子をなんて目で見ているんだよ!!」
パッと立ち上がり、葵は荘介に食って掛かる。
すると荘介は「だって葵、可愛いんだもん!」と、もうどうしようもない発言をしていた。

「まあ・・・とりあえずさっきのことは置いといて。あと少しで2−Bの担任の先生が来るはずだ」
軽く咳払いをしながらの荘介の言葉に、楽しみと不安が入り混じる気持ちで葵は担任教師の登場を待っていた。
いつまでも理事長室の扉の前にいつまでもいるわけにはいかないので、とりあえず2人とも一旦理事長室の中へと入った。
さすが金持ちの生徒ばかりのおぼっちゃま学校・・・理事長室もとてつもなく広かった。
もしかしたら自分の前通っていた学校の教室の2倍はあるのではないかという広さだ。
ワインレッドの高そうな絨毯に飴色のテーブル、そして葵が腰を下ろしているフカフカの赤いソファ。部屋の中のものも高級感溢れている。
「(この学校、本当に何処まで金使うつもり!?)」
部屋をキョロキョロ見回しながら、自分の入ったことの無い高級感あふれる部屋に妙に落ち着かない葵。

しばらくするとトントンッと理事長室の扉がノックされた。
「入っていいよ」と荘介が扉に向かって声をかけると、男性が入ってきた。
「初めまして、坂上葵君。俺は石川龍也、君のクラス2−Bの担任だよ」
短めでツンツンとした茶髪に、エネルギッシュで体育会系な雰囲気を持つ格好良い先生だった。
さわやかな笑顔で「よろしく」と挨拶され、葵もどきまぎしながら「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「じゃあ、先生と教室へ行こうか!」
ニカッと石川に微笑まれて、葵は頬を染めてドキドキしながらも「はいっ!」と元気よく返事をし、石川の後を追うように理事長室を後にした。
理事長室からは「葵ちゃーん! またパパのところに遊びに来るんだよー!」という声が聞こえたような気がしたが・・・あえて葵は無視を決め込んだ。


*


広い学校なため、教室につくまでにも結構な時間がかかった。若干息を切らせながら2−Bとクラスの書かれたプレートを見上げる葵。
「先生が『入って来い』って言ったら、教室入ってきて自己紹介な」
葵が素直にコクリと頷くと「ははっ! なかなか素直で可愛いじゃねーか!」と言いながら石川は葵の頭をガシガシと撫でる。
予想外の行動に、葵はポーッと頬を赤く染めていた。

教室の戸を開けて石川が中へ入ると、途端にクラスから黄色い悲鳴が響く。
「今日もイケメーン!!」「今すぐ抱いてー!!」など、男子校では有り得ないような声まで聞こえてくる。
────もしかしてこの学校って・・・ホモだらけなのか?
そうすれば確かに先ほどの勇人の行動も頷けるものがある。
葵はそんな恐ろしい疑問を抱き、若干顔を青くしながら教室の様子を伺っていた。
石川はいつものことのように「はいはい、静かにしろよ〜」と受け流している様子だった。

「今日は転校生がきている・・・入ってこ〜い」
石川の合図で葵は教室の戸を開けて中へと入る。
「えぇっと・・・坂上葵です、よろしくお願いします!」
ペコリと葵が頭を下げた途端、教室からは「お〜!」という感嘆の声があがる。
この感嘆の意味が葵にはよく分からなかったが、とりあえず笑顔を浮かべてみる。するとますます感嘆の声は大きくなる。
「(なんかやっぱり・・・この学校、変だぞ!?)」
心の中でこんな学校に入学させた父を恨む葵だった。

「じゃあ坂上の席は・・・あそこな」
石川の言葉で葵は現実に引き戻された。
「はい」と返事をして葵は石川に指差された自分の席へと向かっていく。
すると、誰かに足をひっかけられたようだ。派手な音を立てて葵はダイナミックに転んだ。
「(いたた・・・ 誰だよ!? いったい!!)」
足を出した人物を睨み付けようと顔をあげた瞬間、葵の動きは硬直してしまった。
足を出した人物とは・・・先ほど廊下で会い、そして葵のファーストキスを奪った相手、浅田勇人だった。
得意気な顔で勇人は葵のことを見下ろしている。
「お前、転校生だったのか。だから見ない顔なわけだ」
そう言うと勇人は、未だに床で呆然とした表情をしている葵にスッと手を差し伸べる。
「・・・何のつもりだよ?」
不機嫌極まりないというムスッとした表情で葵は勇人を睨み付ける。
だが顔のパーツや小柄の体のせいか、やはり迫力は無い。それどころか可愛く見える。
「いつまで床に突っ伏しているつもりだ?」
勇人の言葉に、仕方なく葵は手をとり立ち上がった。
不機嫌な表情が直らないまま、葵はスタスタと自分の席のほうへ向かう。

葵が席に着いたとき、隣の席にいた色素の薄いフワフワ頭の小柄な少年が興味有り気に葵のほうへと身を乗り出す。
「浅田君と知り合いなの?」
「知り合いっていうよりも・・・さっきそこで会っただけだよ」
「ふぅん、けれどそれにしてはずいぶんと仲良さそうに見えたな〜?」
「ど、どこが!?」
今葵と話している隣の席の人物の名前は倉田彰人というらしい。
彰人もなかなかの美形だ。だが“格好良い”という形容詞よりも葵と同じ“可愛い”という形容詞のほうが合う。
葵と彰人はすぐに打ち解け、仲良くなった。


*


午前中の授業は終わり、昼休みのチャイムが鳴る。そのチャイムも普通の学校とはやはり違うように聞こえる。
葵は彰人に連れられて食堂へと行った。葵はカツ丼、彰人は天丼を頼み席へと座る。
この学校では昼食は主に食堂でとるらしい。朝食と夕食もこの食堂でとれるようだ。
だが寮の自室にあるキッチンで作ったものを昼食として持ってきても構わないという。
その話を彰人から聞き、葵はまず「寮にキッチンまであるの!?」と驚いていた。
「あれ、葵君知らなかった? ここの寮は一人一部屋、バストイレ付。
それでTVやキッチンと・・・生活に必要なものは全部揃っているんだよ」
この学校の寮はそこいらのワンルームアパートよりも設備が良いかもしれない。流石は金持ち学校。
「まだ寮のほうには行ってないんだよなぁ。なんだか部屋を見に行くのが楽しみかも」
えへへ、と笑いながらカツ丼をもくもくと食べる葵。

「そういえばさ・・・」
葵も彰人も食事を平らげたところで、ふと彰人が口を開いた。
「ん?」
口元にご飯粒をつけた葵は彰人のほうを振り返り、首を傾げる。
そんな葵に「まず口拭いたら〜?」とクスクス笑いながら彰人は提案する。
「・・・・・んで、そういえば?」
口元を拭った葵はコップに冷水を注ぎながら、彰人に話の続きを催促する。
すると彰人はニヤッと笑みを浮かべて、面白そうに話し始める。
「浅田君のこと!」
勇人の名前を聞き、葵は思わず飲んでいた水を吹き出しむせ返った。
「あ、葵君!? 大丈夫!?」と彰人は紙ナフキンを取り出しながらおろおろとしている。
葵はその紙ナフキンを受け取り、水を始末する。
「なんでいきなり浅田勇人の名前が出てくるんだよ!?」
顔を赤くしながらやけくそで怒鳴る葵。その大声で一瞬食堂がシンと静まり返るが、すぐに先ほどの賑やかさを取り戻した。
「驚かせちゃってごめんごめん! だって浅田君と葵君、さっき会っただけにしてはずいぶんと仲良さそうだったしさ」
「仲が良いって・・・いったい何処が!?」
小悪魔のような笑みを浮かべる彰人に、顔をしかめてそう尋ねる葵。

昼休みに入るまで、葵は勇人に散々な目に遭わされた。
葵の席から右に三列はさみ勇人の席がある。ちなみに葵の左隣には彰人がいる。
授業中は右から紙飛行機だの丸めたメモ用紙などがこれでもかというほど飛んできた。
だがその紙を広げても、どうでもいいようなくだらない内容の文が書いてあるだけだった。
当事者の葵も迷惑だったが、葵と勇人に挟まれた3人も十分迷惑だっただろう。
そしてそんな勇人を葵が睨んでも、勇人はただ満足そうに笑みを浮かべるだけ。葵は勇人の意図が全くつかめない。
「(紙の無駄遣いすんなよ! 全く・・・!)」
怒るポイントが若干ずれている気もする。
葵がムスッと頬を膨らましていると、またしても右から丸めたメモ用紙が飛んできた。
怪訝そうな顔で葵がそのメモ用紙を開けば『その顔可愛い』と書いてある始末。
「(なんだよこいつ!!)」
若干頬が赤くなるのを感じながら、教師が余所見しているのを見計らって葵は勇人にベーッと舌を突き出していた。

「授業中にイチャついていたのは何処の誰?」
クスッと含みのある笑みを浮かべながら上目遣いでそう尋ねてくる彰人。
「イチャついてなんか無い!! あれはあいつが勝手に・・・」
葵はそう言いかけたところでピタリとストップした、何故なら隣に・・・
「おい、坂上葵」
隣に勇人が立っているから。
「なんでお前がここにいるんだよ!!」
「ここは公共の食堂だろ、俺がいちゃいけない理由は無い」
勇人の言うことは正論だった、仕方なく葵も黙る。
「あ、向かいの席に俺がいたら邪魔だね。じゃあ俺はこれで失礼するよ、じゃあ!」
彰人は元気よく手を振るとさっさとその場を去ってしまった。
「お、おい!!」
葵が呼び止めようとしても彰人は気にせずスタスタと食堂から出て行ってしまった。
彰人が行ってしまうと、ちょうど開いた葵の向かいの席に勇人が腰を下ろす。
「あいつ、結構空気が読めるじゃねーか」
ニヒルな笑みを浮かべる勇人にムスッと顔をしかめる葵。
「(なんで俺にいちいち突っかかって来るんだよこいつ・・!)」
怒り顔でしわの寄った葵の眉間に、ふと勇人の指が触れる。
「まあ、そんな表情すんなって・・・まあ、それはそれで可愛いんだけれどな」
顔を赤くしながら「うっさい!!」と勇人に向かって塩だの胡椒だのの入れ物を次々と投げる葵。
だが勇人はその入れ物を全て見事にキャッチして綺麗にテーブルに並べていくのだった。
「(そういう才能は違うところで活かせっての!!)」
またしてもずれたところで怒る葵だった。

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