俺様王子にアホ姫様

□#3
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「お前は・・・俺が嫌いか?」
葵は楊枝入れを投げようとした手を止め、思わず「はっ?」と頓狂な声をあげる。
「あ、当たり前だろ!! いきなり突っかかってきて、その・・・い、いきなりそーいうことする奴が好きなわけ無いじゃんか!」
葵の言う“そういうこと”とは、最初に廊下で会ったときのキスのことである。
代名詞で示すだけでも、葵にとっては恥ずかしかった。思わず顔を赤くして目をそらす。
「・・・そうか」
勇人は先ほどのような不敵な笑みは浮かべていなかった、どこか寂しげな瞳で葵を見つめる。
────え?
葵は唖然とする。会ってからずっと不敵に笑い自分をおちょくっていた相手が、いきなりそんな顔をするから。
「いや・・・そ、そんなに落ち込むなよ・・・な?」
何故勇人にそんなことを言ったのか、葵自身にも分からなかった。
けれど勇人が寂しげな顔をしているのは、葵はなんとなく嫌だった。

だが、葵の心配とは裏腹に勇人はすぐに人の悪い笑みを取り戻した。ニヤリの口の端をあげる。
「今はそれでいい・・・これからお前が俺のことを好きになればいいだけの話だしな」
そう言って勇人は葵の顎をとり、クイッと自分のほうへ顔を向かせる。
「言っただろう、お前は俺の物だってさ。坂上葵、お前は誰にも渡さない・・・勿論、お前自身にも」
そう言って勇人は葵の唇に自分のそれを重ねた。
「!? お、おまっ・・・ぁっ!」
葵が口を開けた瞬間、勇人はそこに自身の舌を入れる。そしてそのまま葵の口内を掻き回す。
息ができなくて苦しくなった葵は、乱暴に勇人の肩を叩く。だが酸素が足りなく頭がボーッとしているせいかその力は弱かった。
勇人が唇をそっと離すと、二人の間を銀色の糸が繋ぐ。
「く、苦しっ・・・はぁ、はぁ」
やっと取り込めた酸素にむせ返りながら、葵は頬を上気させて肩で息をする。
「ずっと息止めてないで、鼻で呼吸すればいいだろ」
しれっと言いのける勇人の言葉に、葵はつい「あぁ、なるほど!」と手を叩く。
だがすぐに「じゃなくて!!」と反論しだした。
「問題はそこじゃないだろっ!? なんでいきなり・・・その、すんだよ!!」
「あぁ、そういえばキスは初めてだったんだっけか。じゃあ息できないのも納得いくな」
「会話をしろよ! 俺の話を聞けよ!!」
顔を真っ赤にしたまま「この変態! 色魔! 人の話聞け! 俺は俺のもんだ! バカヤロー!!」と並べられるだけの暴言を並べて、葵はその場を走り去っていった。


取り残された勇人は、無表情で口を拭う。
一部始終を見ていた生徒たちは全員石のように固まっていた。
だが、ようやく平常心が取り戻せた生徒たちが勇人の近くに集まってくる。
勇人は食堂にいた数十人に一気に囲まれる形となった。
「浅田君! あれはいったい・・・!? 浅田君は俺の物なんじゃないの!?」
「勇人君!? なんであんな転校生にキスなんて!? しかも深いやつ!!」
「ちょっと可愛いからって、あの転校生にあんなことしなくても!! 勇人には俺がいるじゃん!」
「浅田は俺のだよ、勘違いすんな!!」

小柄な生徒たちが次々と勇人を取り囲み、口々にそんなことを言い出す。
「俺は俺の好きなことをするまでだ、あいつは必ず俺のものにする」
それだけ言い残すと、勇人は食堂を後にした。後ろからは勇人を呼ぶ声が聞こえるが、勇人は全く反応を示さなかった。

「(葵に暴言を吐かれたいわけでは無い・・・なのにどうして、俺はあんな乱暴な真似をしたんだろう)」
勇人は今になってから自分のしてしまった行動にため息をついていた。
────本当は、単に葵に笑っていてほしいだけなのに・・・
またしても勇人は大きなため息をつくのだった。


*


食堂から戻ってきてから、葵は教室の机に突っ伏していた。
「(意味分かんねぇ・・・あいつ、なんで俺にあんなこと・・・)」
悶々と考えていると、ふと頭を誰かに軽く小突かれた。
葵はムスッとした顔で見上げて見れば、それは彰人だった。
「ラブラブしてきた?」
「誰がっ!!」
彰人の質問に、ハンッと鼻を鳴らしながら葵はそっぽを向く。そんな葵に彰人は肩を竦めた。
「浅田君は、単に葵君のことが好きなだけだよ? そんなに邪険に扱わなくてもいいじゃん?」
「けれどさ、あいつ2回もキスすんだぞ!? しかも無理矢理だ!!」
葵の言葉に彰人は「へぇ〜」と含みを持つように相槌をうつ。
「キスしたんだ、ふ〜ん?」
ニヤニヤしながら頷く彰人に、葵は顔を赤くして顔を背ける。

「まあそれより・・・葵君は気をつけないといけないかもね」
彰人がふと真面目な顔で葵に向き合う。
「気をつけるって、何に?」
葵は可愛らしく首を傾げて、彰人に尋ねる。
彰人は「あれ、見て」と言って、5人程の小柄な男子生徒の集団を指差してみせる。
葵は首を傾げながらも、その集団のほうへ視線を移す。そして会話内容を聞いてみた。

「え!? それってマジ話?」
「本当だよ。浅田が転校生の坂上とキスしたんだって」
「やっぱり本当なんだー・・・」
その集団の中には先ほど食堂で勇人を取り囲んでいた生徒達と同じ顔ぶれもいた。
彼らはどうやら噂話に花を咲かせているらしい。
しかもその噂の中心である人物は、勇人と葵のようだ。
葵はその集団をただ呆然と眺めていた。
すると集団の一人が葵の視線に気づき、次の瞬間キッと葵のことを睨みつける。
その集団の他の生徒も、葵へとキツイ視線を送る。

「こ、怖っ!! 何、あいつら!!」
たまらなくなり、葵は涙目で彰人の肩をゆする。
「浅田君の取り巻き・・・ってやつかな?」
「と、取り巻き!?」
聞きなれない単語に葵は頓狂な声をあげる。
「ルックスはもちろん高ポイント。しかも運動神経抜群、おまけに秀才と・・・浅田君、オールマイティーなんだよね。
 もちろん生徒からの人気は高くて、浅田君に惚れている生徒も数知れず。
だから取り巻きってのもできているわけ。
 つまり葵君はその取り巻きの生徒たちに気をつけないといけないってことだよ」
葵は彰人の説明をただ唖然と聞いていた。
「え、でもここって男子校なんじゃ・・・?」
男が女に親衛隊を作るとか、女が男にファンクラブを作るとかならよくある話だ。
しかし男が男の取り巻きになんてなるのか? という疑問を抱いて、震える声で葵は彰人に尋ねてみる。
「ここの生徒、ほとんどがホモとバイなんだよ。つまりみんな恋愛対象は男ってこと」
彰人の一言で葵は一瞬にして凍りついた。
────やっぱり、俺はとんでもないところに転校してきちゃったんだ・・・。
葵はがっくりと肩を落とし、周りから見てもブルーなオーラが漂っていることがよく分かる。
そんな葵に追い討ちのように「だから葵君も、襲われないように気をつけてね?」と彰人が言う。
「俺・・・やられる側なの?」
涙声の葵の質問に「勿論!」と彰人は笑顔で答える。
そこで授業開始のチャイムが鳴って教師も教室へと入ってきたので、雑談はここで終了となった。


*


授業に掃除、帰りのHRも終わり、教室にいる生徒もまばらになってきた。
荷物の用意が済んだ葵は、ふと勇人の姿を探す。
昼休みが終わってからの午後の授業中は、勇人は午前中とは打って変わって大人しかった。
メモは飛んでこないし、休み時間になっても特に話しかけてこなかった。
それもあって、葵は勇人が少し気になっていた。
「(別に・・・あんな奴、どうでもいいけれどさ)」
心の中でそう呟きながらも、葵は勇人に視線を向ける。
勇人の席の周りには小柄な生徒がたくさん集まっていた。教室に残っている生徒はまばらなはずなのに、そこだけは人口密度が高かった。
勇人を取り囲んでいる生徒は、昼休みに彰人から聞いた『取り巻き』のようだ。
「(けっ! モテる男は辛いってか?)」
心の中で悪態をつきながら、苛立たしげに葵は鞄を背負う。何故こんなに苛立つのかも分からないが。
葵は深呼吸をして、苛立つ自分の心を落ち着ける。
そして気を紛らわそうと隣にいた彰人へ寮が何処にあるかを尋ねてみた。
校舎の場所だけは父親に教えてもらったが、寮の場所は無責任なことに教えてもらっていなかった。
「案内するよ!」
葵の問いかけに彰人はそう答えると、葵の手をとりそのまま教室を後にした。

すると後ろからむさ苦しい歓声が聞こえてくる。
「・・・なぁ。後ろからしてくるむさ苦しい男たちの声は、いったい何なんだ?」
葵は気になってその歓声のことを彰人に尋ねる。
すると彰人からは「みんな可愛い子同士が手を繋ぐシーンに萌えているだよ」とだけ返された。
葵は意味が分からず、ただ首を傾げていた。


校舎から出て、裏手へと5分ほど歩を進めると、チョコレート色の壁をした建物が見えてきた。
その建物も校舎に負けず劣らず豪華だった。高貴で、どこかメルヘンチックな建物である。
「これが・・・寮?」
葵はぽかんとした顔で、彰人に尋ねた。
彰人は何食わぬ顔で「そうだよ」と返事をする。
「さぁ、入った入った!」と彰人に背中を押され、葵は半ば強制的に寮の中へと入れられた。


寮の中は、まるでどこぞの高級なホテルではないかというほど高級感溢れるつくりとなっていた。
そんな寮に葵は緊張を隠せなく、歩くときもロボットのようにガチガチになり右手と右足が一緒に出ていた。
彰人はそんな葵に、思わず「ぷっ!」と吹き出し、思いっきり大笑いしてしまった。
「これから自分が住むところなのに、そんなにガチガチになってどうするの?」
笑いすぎで涙目になりながら葵を小突いてくる彰人に、葵は涙目になりながら首を横にブンブンと振っていた。
「いやいやいや・・・俺庶民。 ここに住むとか・・・無い」
半分言葉がカタコトになっている葵は、いろいろと耐えられなくなりその場にしゃがみ込む。

自分は金持ちの暮らしなんてしたくは無い、普通の生活が良い・・・それは葵の昔からの希望だった。
だから金持ちの父の意見も押し切って、母と葵は平凡な生活をしていたのだ。
────それなのに、いきなりこんなところに住むなんて・・・
葵は自分の知らない高級感に満ちた空間の中で、頭を抱えていた。

「ほらほらっ! とりあえず自分の部屋に行きなよ!」
そう言ってもしゃがみ込んだまま葵は立ち上がらない。
そんな葵に、彰人は聞こえよがしに「あぁ、もうすぐ浅田君がこっちに来るかもねぇ!」と言ってみせる。
すると葵はまるで先ほどとは別人のように物凄い速さで立ち上がり、急いで寮監のところへと走っていった。
「そんなに邪険に扱われちゃ・・・浅田君が哀れだよなぁ」
苦笑を浮かべながら、彰人は葵の後姿を見ていた。


寮監に部屋の場所を聞いた葵は、そそくさとエレベーターのほうへと向かった。彰人もそれに着いていく。
「葵君の部屋は、何階だって?」
彰人の問いかけに「6階だとさ」と葵は答える。
「俺の部屋も6階なんだよね」と言いながら、彰人はエレベーターの6のボタンを押す。
しばらくするとエレベーターのドアがしまり、無機質な音を立てながら上へと上がっていく。

「・・・そういえばさ、校舎ではそこまでガチガチじゃなかったのに、どうしてこの寮ではあんなに緊張していたの?」
彰人はそれが先ほどから気になっていた。校舎もそれなりには豪勢なつくりのはずなのに、何故葵は平気だったのだろう。
「校舎にはまだ“学校”って雰囲気があったから、それなりに平気だったんだけれど・・・
寮は完璧に高級ホテルっぽいじゃん。そんなところに住むって思うとさぁ〜・・・なんか、いろいろ堪えられなくて」
確かに、校舎のほうはいくら豪勢でも“学校”という雰囲気があった。それもあって、葵はまだ緊張しなかったのだろう。
しかしこの寮は“学園”という雰囲気も感じられないほど高貴なつくりだ。校舎よりもお金がかかっている気もする。
平凡主義だった葵にとって、そんなところで“住む”ことのほうが学園生活を送ることよりも緊張するのだ。

「まぁ、住んでいるうちに慣れるって」
彰人の励ましの言葉に「もし俺にそれができたら、自分で自分に自分のこと褒めちぎる・・・」とため息交じりに葵は呟いていた。
その葵の言葉に「“自分”が一個多いよ?」と彰人は苦笑を浮かべながら突っ込みを入れていた。

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