俺様王子にアホ姫様

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部屋に到着した葵は、ドアを開けて安堵の息をついた。
「よかった、部屋は案外普通っぽい・・・」
部屋はロビーや廊下に比べて、あまり豪勢なつくりにはなっていなかった。普通のマンションと同じような一室である。
だがそれでも、昼に彰人から聞いたとおりキッチンからテレビから風呂からトイレから・・・とりあえずなんでも揃っている。
────さすが金持ち学校、必要なものは最初っから備え付けてあるんだ。
そんな部屋を見て、葵は「ほぇ〜」と間延びした声を出しながら感心していた。

それから葵はふと自分の足元を見る。
おそらく父が手配した業者の人が荷造りしてくれたのだろう、自身の荷物の詰め込まれた数個のダンボールが目に入った。
「とりあえず・・・この荷物を何とかするかな」
葵は一番手前にあるダンボールを開く。
そこには自分の衣類が詰め込まれていた、中に入っている物で最初に目に入ったのは、葵のお気に入りである青い魚柄のトランクスだ。
「・・・よく考えたら、全く俺の知らない奴が下着とかまで詰めたんだよな・・・」
女のように「気色悪い〜!」なんて甲高い声をあげようとは思わない、けれどそれでも葵としてはあまりいい気分はしなかった。
少し苦い表情を浮かべるが、しばらくして「過ぎたことを気にしても仕方ないな」と一人呟き、葵は荷解きを始めようとした、すると。

ピンポーン

部屋にはインターホンの音が鳴り響く。
先ほど別れた彰人が「荷解き手伝いにきたよ〜」なんて陽気な笑顔を浮かべながら箒でも掲げているのだろう・・・なんて勝手にドアの前の光景を想像しながら、葵はノブを回した。
「よぉ、数時間前ぶり」
ドアの前にいた人物は、少なくとも葵の想像のように箒は掲げていなかった。いや、それどころか彰人でも無い。
微笑を浮かべ、何故かスーパーの袋を手に持った勇人が、そこには立っていた。
「おいコラ浅田! なんでお前が俺の部屋の場所知ってるんだよ!」
葵は人差し指でドアの前に立つ相手───勇人の眉間辺りを指差しながら、睨みつける。
「倉田が部屋の番号を教えてくれたから」
「(・・・あ、あいつの陰謀かああ!!!)」
葵は心の中でおせっかいな小悪魔ボーイ、彰人を呪った。

それから葵は目を瞑り大きく深呼吸をして一旦落ち着いてから、勇人に向き直る。
「・・・で、お前は俺の部屋に何しにきたわけ?」
「引っ越してきたばかりで部屋の片付けが大変だろうから、それを手伝いにきただけだ」
勇人がそう言ってから、しばらくの間ができた。
葵が不思議そうな顔をして首を傾げたまま固まっていて、勇人に返事をしないからだ。
「・・・おい。俺の話、ちゃんと聞いているのか?」
そんな葵に怪訝そうな顔をしながら、勇人は手のひらを葵の目の前でヒラヒラとさせる。
「え?・・・あの、本当にそれだけなのか?」
葵は頓狂な声をあげて反対側に首を傾げる。

今日一日勇人の様子を見た葵としては、このまま強引にベッドへ引っ張られて・・・という最悪の事態も考えていたのだ。
「(もしもそんなことしようものなら、腹に蹴りいれて非常ベル押してやるけどなっ!!)」
そしてもしもその最悪の事態になったら、どんな対処方法をとるかまで葵は考えていた。
けれど、当の勇人はそんなことをするつもりさらさら無いらしい。
「・・・もし葵が迷惑なら、俺帰るけれど」
勇人はできるだけポーカーフェイスを崩さずにいるが、どこか落ち着きが無い様子に見えた。
それに言葉の後半は何故か口ごもっている。
「別に・・・迷惑とまでは言ってないよ」

理由は分からない。けれど少し・・・ほんの少しだけ、葵は勇人に優しくしてやろうか、という気持ちになった。

葵は遠慮がちに部屋のドアを開けて、勇人に入るように促す。
「お前がそこまで言うのなら〜、この坂上葵さんが思いっきりこき使ってやろう!」
得意げな笑みを浮かべながら、葵は腰に手をあてる。
「・・・じゃあ遠慮はしない」
ニタリと不敵な笑みを浮かべ、勇人はズカズカと葵の部屋へと上がり込む。
そして手近にあったダンボールを勝手に開ける、それは先ほど葵が開けた衣類の詰め込まれたダンボールだった。
「あ、魚柄のパンツだ」
そして勇人は両手で掲げるように、魚柄のトランクスを持ち上げる。
「うわっ!! おま、勝手に見るなよ!!」
顔を真っ赤にしながら、葵は勇人から自身の下着を取り返そうとする。だが勇人はスルスルと華麗にその手を避けていた。
「(ったく、なんでこいつはこうも器用なんだよ!)」
昼間の食堂で見た、葵の投げた物を何でも受け止めるという技もそうだ。勇人はいろんなところでとにかく器用である。

だが勇人の悪ふざけは最初のそれだけで終わり、後は普通に葵の荷解きを手伝っていた。
二人でてきぱきと済ませていけば、1時間ほどで作業は完了した。


*


「あ・・・もう6時なのか」
作業を終えて一息ついたところで、部屋にかけた時計を見ながら葵がそう呟く。
「夕飯って学食で食えるんだっけ?」
勇人はその質問に対して、ただニタニタと笑みを浮かべるだけで何故か何も返答をしない。
しかし、その代わりに勇人は先ほど持っていたスーパーの袋を差し出す。
「カレーの材料買ってきたから、これでカレー作れ」
葵が勇人からもらったレジ袋の中を見ると、そこにはニンジンやジャガイモやカレー粉などの、カレーに必要な材料が入っていた。
「はぁ!!?」
いきなりの勇人の申し出に、葵は頓狂な声をあげる。
「ここにはキッチンもある。それに材料だって多めに買ってきた。いいから作って」
「いや・・・確かに俺、料理はできるけれどさぁ」
ここまで強引に言われると、なんだか否定の言葉を出すのも面倒になってくる。
しばらく考えてから、葵はため息をついた。
「・・・分かった、作るよ。作ればいいんだろ。まあ、今日片づけを手伝ってくれたお礼も兼ねてな」
半ば自棄になりながらため息をついて、葵は勇人の申し出を承諾した。
「俺が手伝いにきたのは、今日の詫びなんだけれどな」
「侘び?」
勇人の言葉に、葵は小首をかしげる。
「今日は葵の嫌がることしたし・・・お前だって、怒っただろ?」
葵は今日のことを思い出し、思わず顔を赤くした。
勇人が今日したことといえば、無理やり葵にキスをしたことだ。
けれど、勇人はそのことを悪かったと感じていたらしい。
それならば午後の授業中は何もしてこなかったこととも辻褄が合う。罪悪感を覚えていたから、なんとなく葵に話しかけづらかったのだろう。
それでわざわざ部屋まで詫びの意味を込めて手伝いにやってきたなんて、よくよく考えればなかなか可愛らしい話だ。
「・・・別に、もう怒ってないよ」
得意げな笑みを浮かべて「なんたって、俺は心が広いから」と葵は言う。
「じゃあ、俺はその詫びのお礼ってことで、料理を作る。これでこの件はチャラだ」
「詫びのお礼ってのも、ちょっとややこしいな・・・」なんて葵はぼそりと呟く。
分かりづらいものだったが、その言葉を聞いて勇人は安堵の表情を浮かべた。
けれどそれから勇人は口の端を上げ、意地悪そうな笑みを浮かべる。
「俺がお前のことを好きだっていう気持ちは、チャラにするなよ」
勇人がそんなことを言えば、葵はボンッと音がするのではないかというほど顔を赤くして「な、何言ってんだ馬鹿!」と怒鳴っていた。
そんな葵に勇人はニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべている。
「ったく!」と葵はブツブツと悪態をつきながら立ち上がり、先ほどのスーパーの袋に入ったカレーの材料を持って台所へと入っていった。


しばらくすると、2人分のカレーを持って、葵はキッチンから出てきた。
「しばらく一人暮らしをしていた身だから、料理は結構得意なんだぜ〜」
「フフンッ」と得意げに笑みを浮かべながら、葵は勇人の前にカレーを置く。
「・・・案外、まともな料理が出てきた」
「もっとひどい料理だと思っていたのに」と呟く勇人に「失礼だぞ、お前!」と葵が鋭い視線をおくる。
けれど勇人はそんな視線お構いなしにカレーを一口食べる。
「すげー、しかも美味い」
「だからさっきから“案外”とか“しかも”とか不要な単語が多すぎるんだよ!」
クールに笑う勇人とは裏腹に、葵はムスッと顔をしかめている。
「けれど、本当に美味いよ。毎日食べてもいいくらい」
そして勇人は綺麗な微笑を浮かべてみせる。

────そんなの、不意打ちだろっ!
勇人は誰もが認める美系だ。
そんな男に綺麗に微笑まれて、しかも止めを刺すかのように口説き文句を囁かれては葵も顔を赤くする羽目になる。
「う、うるせぇ!! 黙って食え馬鹿!」
顔を赤くしながらヤケ食いのようにカレーをかっ込む葵を見ながら「褒めても怒るのかよ」と勇人は苦笑を浮かべていた。

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