俺様王子にアホ姫様

□#5
1ページ/1ページ


その日の夜、勇人は「今日は葵の部屋に泊まる」と言ってきかなかった。
けれど葵が半ば強制的に勇人を自身の部屋から追い出して、今は静かにベッドに横になっている。

時計を確認すると、今は夜の十一時。この寮の消灯時間である。
いきなり始まったスクールライフの一日目というだけあって、今日はとても疲れた。だんだんと襲ってくる睡魔に、まぶたが重くなっていく。気がついたらユラユラと夢の中への船を漕ぎ出していた。
葵は何よりもこの感覚が好きだった。
美味しい物を口いっぱいに詰め込むことも確かに幸せだが、夢と現実を行き来しているようなユラユラとした気持ちよさを味わえる睡眠にもとても幸せを感じられる。


翌朝、葵を悲劇が襲った。


翌朝、登校してきた葵が自身の靴箱を開けた途端、中から出てきたのは虫の死骸。三匹ほどと数が少なかったことが、不幸中の幸いといえるだろうか。
けれど、中に入っているのは虫の死骸だけではなく、紙切れも入っていた。
その紙切れには、文字が書かれている。おそらく定規を使ったのだろう、筆跡を分からないように直線だけで書かれていた。
「浅田勇人に金輪際近寄るな、少し顔がいいからって生意気だ」
葵はその紙切れに書かれていた文字を声に出して読んでみる。
「・・・なんつーか、典型的な嫌がらせだな。しかも筆跡を分からないようにするとは意気地なしめ」
葵は自分なりにこの嫌がらせを評価する、特にこの嫌がらせで傷ついた様子は無いようだ。
虫の死骸・・・おそらくカマキリを、葵は躊躇無く掴んで手のひらに乗せる。
「可哀想になぁ・・・こいつら、何も悪いことしていないのに殺されちまって」
葵はカマキリの頭を人差し指で撫でてやる、彼なりの供養なのだろう。
「・・・葵君、よく触れるね」
気がついたら葵の横に、先ほど登校してきたのだろう彰人が立っていた。
「あぁ、おはよ〜」
にっこりと笑顔で挨拶する葵に、彰人も「おはよ」と返す。
「ってか、何それ。虫の死骸に・・・紙?」
「そうそう。これ書いたやつ、きっと意気地なしだぜ」
そう言いながら葵は、彰人にもその紙切れの文字を読ませてやる。
次の瞬間、彰人の顔は怒りでサッと赤くなった。
「何これ!? 明らかにいじめだよ! 誰だよこれ書いた奴!」
彰人が大声で叫ぶものだから、周りにいたクラスメートも何が起きたのかと立ち止まってこちらを見る。
「いじめだよ、いじめ!! ほら、神山もこれ読んで! あ、山下も!」
その紙に書かれた文字を読んだ生徒は、口々に「ひでぇ・・・」とか「誰だよ、やったの」と、非難の声をあげる。
「あの、それよりさ・・・」
葵が手を挙げながら彰人に何かを言おうとする。
「何!?」
怒りで興奮しきっている彰人に対して、被害者の葵は何故かずいぶんと冷静だった。
「あのさ・・・こいつらの墓作りたいんだよ。どっか掘ってもいい土ってあるかな?」
そう言いながらカマキリの死骸を差し出す葵に、彰人も他のクラスメートも唖然としていた。

「もう・・・本当に葵君ってばさ、何ていうか・・・変わっているよね〜」
「別に普通だろ。それにこいつら可哀想だしさ」
呆れているが少し嬉しそうな表情の彰人の隣で、葵はカマキリを中庭に埋めてやり、近くにあった棒切れをさしていた。
「たぶんやったのは・・・浅田君の取り巻きだね。紙に書かれていた内容的にも」
被害者本人があまりにも冷静なため、彰人も今はずいぶんと冷静になっていた。
「なんつーか・・・女々しいな」
しみじみとそう話す葵に、彰人も同意を示すように頷く。
「でも、こういうのはエスカレートしていくから気をつけたほうがいいよ」
彰人の言葉に「そーだな」と葵も同調する。そして立ち上がり手についた土を落とす。
「さてと、あと少しでHR始まるから教室行くか」
葵のその言葉で、二人は教室へと戻っていった。


*


「今日は、ずいぶんと教室に来るのが遅かったな」
 おそらく葵の身にあった事件のことを何も聞いていないのだろう、一時限目の終わった休み時間に勇人が葵にそう話しかける。
「あー・・・死んだカマキリ、埋めていたんだ」
「カマキリ?」
 葵の言っていることは特に間違っていないが、勇人はその答えに首を傾げざるを得なかった。
「何で朝からカマキリなんて埋めていたんだ?」
「えっと・・・登校途中にー、爺さんと会ってー、天竺への道を教えてー、直ぐ前の道の角をー、右に曲がったらー、見つけたんだよ。可哀想でつい、な」
 勇人はその話を聞くと、理解不能とでも言いたげな顔で「は?」と首をかしげた。
けれどその咄嗟に口から出たふざけた内容のでまかせに、一番驚いたのは葵本人だった。
 
────なんでだ? どうしてこいつには朝の嫌がらせのことを言えなかったんだ?
 疑問だ。何故彼には本当のことが言えなかったのだろう。
けれどそんなことを考えながらも、嘘を悟られないようにと必死で笑顔を作る自分もいた。

・・・世間一般で言えば、こんな意味の分からない話をされれば、まず怪しむだろうが。

「・・・へぇ。そのカマキリも、見つけられたのがお前で良かったな」
 勇人はしばらくうんうんと悩みこんでいたが、結局葵の非現実的なでまかせには何も口出さないことにした。
「そ、そうだろ! なんていったって、俺は寛大な男なんだ!」
 必死に嘘を隠すためにと引きつり気味の笑顔を浮かべる葵に、勇人はしばし訝しげな表情を浮かべていた。

「(・・・何隠してんだか)」
 おそらく今問いただしたところで葵には「お前には関係ないだろう馬鹿浅田!」とでも言われるだろうということは分かっていた。
なので、今は何も聞かないで、ただ葵の言葉を信じるフリをすることにした。
 
しばらくすると、教室の扉が開いて数学の教師が入ってきた。そこで雑談タイムは終了となり、二時限目の授業が始まった。


*


「うっしゃ〜! 授業終わった〜!」
今日の授業も帰りのHRも全部終了し、帰りの支度もできた葵は気持ち良さそうに伸びをしていた。
「葵君! 俺達と帰ろ〜!」
「なあ坂上! 帰ってから皆で俺の部屋きてゲームするんだけれどさ、お前も来いよ!」
 既に帰りの用意をしていた彰人と、その友達数人が葵にそう話しかける。
「マジ? やるやる!」
 葵も勿論その申し出にノリノリで頷き「負けねーぞ! 俺は新世界の帝王だ!」などと、また訳の分からないことを言いながらその輪の中へと入っていった。
「でさ・・・なんだよ!」
ふと可愛げのある声が葵の耳に入った。その方向を見てみると、昨日見た勇人の取り巻きの中にいた一人の少年が、勇人にキャピキャピと話しかけている。
彰人にも負けないくらい可愛らしい外見の小柄な少年だ。けれどまだこのクラスに転校してきたばかりの葵には、いくら考えても彼の名前が出てこなかった。
「ねえ、勇人君はどう思う?」
 その少年は自分が一番可愛らしく見える角度を計算しつくしているかのように、勇人へと艶やかな笑みを浮かべる。
「別に・・・どうも思わないけれど」
 そんな少年の努力も報われず、勇人は彼のほうを見向きもしないで淡々とそう告げる。

・・・それは、あんまりじゃねーか?
確かにあの少年もそこま色目を使わなくてもいいだろうが、あんなにあっさりと流されてしまっているのを見ると、なんだかこちらがいたたまれない気持ちになる。

そんなことを考えながら、葵は二人のほうをちらりと一瞥した。
そしたら偶然、勇人と葵の視線がバチリと音を立てるようにかち合った。
すると勇人はあからさまに動揺したかのように、その少年にそっけない態度をとってから何処かへ行ってしまった。

────急にどうしたんだ? 変なの。
勇人が動揺した理由もよく分からないまま、葵は彰人たちに引きづられるように、寮へと帰っていった。


*


「今日は新しく出来た友達と、充実した時間を過ごすことができたな!」
Tシャツとジーンズ姿というラフな格好をしている葵は、満足げに自分の部屋にあるベッドに寝転がっていた。
────けれど、浅田の態度が未だに疑問だ。
そう、今日の放課後のあの態度が、葵は未だに不可解だった。
「あの子も可哀想だよな〜、あんな態度とられちゃって」
 寝返りをうち、葵はそんなことをぽつりと呟いてみる。

仮にもし自分があの少年の立場だったら・・・と考えると、葵は少し悲しく感じた。そして自分があの少年の立場ではなくて、本当によかったと安心もする。
けれどその瞬間、葵はガバッと勢いよくベッドから起き上がった。
────あれ、なんで俺・・・悲しいんだ? ってか、どうして安心なんてするんだよ?
 考えれば考えるほど、だんだん自分の気持が分からなくなってきた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ