俺様王子にアホ姫様

□#6
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 あれから二ヶ月が経ち、季節はすっかり春から夏へと移り変わっていた。ギラギラとした太陽の光は容赦なく照りつけ、小うるさいセミの鳴き声も耳につく。
・・・というのは外でプールの授業をするときのみだ。私立鈴星学園は校舎内も寮内も冷暖房設備で、いつでも非常に過ごしやすい気温を保っていてくれる。


「なーんか・・・拍子抜けだな。ガンガン暑いほうが夏らしくて燃えるのに」
 真夏でももひんやりと涼しい教室内で、葵は下敷きをうちわのようにして自身に風を送り込む。無論そんなことをしなくても涼しいのだが、少しでも夏らしさを演出するためにと葵はわざと下敷きをパタパタと動かした。
「幼稚園児の頃からそうだったし、特に違和感ないけれどな〜。世間一般で言うと拍子抜けなの?」
「うわっ! 何そのさりげない金持ちアピール!」
 きょとんとした顔で問う彰人に、葵は顔をしかめて相手のほうにも下敷きで風を送ってやる。
「ぶっちゃけさ、葵君も金持ちだよね。お父さんはこの学校の理事長だし」
「う、うるさいな〜! 俺は馬鹿な父さんも金持ちのリッチな生活も嫌いだ!」
 葵は怒りに任せて更に強く彰人のほうに風を送る。けれど彰人は「はいストップ〜」と言いながら葵の手を押さえつける。
「十分涼しいんだから送風なんてしなくていーよ。それにプリントも飛ぶ!」
「うぅーっ」
 彰人に手を押さえつけられ、自分のお気に入りであるプロ野球選手の写真が入った下敷きも取り上げられると、葵はそれを恨めしそうに唸りながら睨みつけることしかできなかった。



 結局例のカマキリ事件の犯人は出てこなかった。しばらく葵は似たような手口の嫌がらせを受けていたが、あまりにも葵本人が無関心だったためか、いつの間にか犯人も嫌がらせをやめていた。そして二ヶ月と長い月日が経ってしまえば、事件のこともだんだんと記憶の片隅に追いやられていき、今では誰もその話を持ち出さなくなくなっていた。


 しかしそんな時、事件は起こった。


「おっ?」
 今日の授業も終わり、他の生徒同様葵も下校しようとしたところ、靴箱に手紙が入っているのを見つけた。ピンクの音符模様がはいった封筒に、これまたピンクのハート形をしたシールが貼られている。ニヤニヤしながらそれを取り出してみれば、可愛らしい文字で“坂上君へ”と自身の名前が書かれている。こんなどんな男でも踊りだしそうになるシュチュエーションに、葵も例外なく喜んだ。
「やりっ! 女の子からのラブレター! 可愛い子だといいな〜!」
 ラブレターをもらったのは初めてではないが、それでも嬉しいものは嬉しい。どんな子が書いたのだろうかとあれこれ想像してみる。
「黒髪の大和撫子風美人さんか? はたまた小柄で小動物みたいな女の子?」
 一人そんなことを呟く葵を、後ろにいた彰人が小突く。
「葵君、残念ながらこの学校に“女の子”はいません」

────たっぷり三十秒ほど、葵は笑顔のまま硬直した。

「・・・・・・・・・うわあぁぁぁぁぁぁぁ!」
 一瞬にして葵は絶望に打ちひしがれ、がっくりと肩を落とした。なんだかブルーなオーラが見えてきそうなほどの落ち込みようだ。
「まあまあ、この学校には可愛い“男の子”ならいるよ。黒髪の大和撫子風の美人さんだって探せばいるんじゃないかな? 小柄で小動物みたい・・・は、葵君そのものだよね」
「あ、あのなあ! 俺は男同士なんて興味無いの! いくら美人でも男じゃ意味ないからな! それに小柄で小動物みたいって、俺のことけなしているだろ!?」
 一気に彰人の言葉にツッコミを入れてから、葵は疲れ果てた様子でため息をつく。
「葵君の相手なら・・・やっぱり頼れる男前って感じの人じゃないと。浅田君みたいな!」
「んなっ! ・・・な、なんで馬鹿浅田が出てくるんだ!」
 勇人の名前が出てきた途端、顔が赤く火照り動揺してしまったことは、一生の不覚だと葵は感じた。けれど彰人はむしろそれを面白そうに眺める。
「んー・・・こういうのはやっぱり、旦那に相談するべきだね」
 葵の手の中にある手紙を指差しながら、彰人は口の端を持ち上げる。
「うるせー! あいつは関係無いの!」
 もらったものは仕方がないと、葵は鞄からハサミを取り出して便箋の封を開ける。

坂上葵君へ
ずっとずっと、貴方のことが気になっていました。
どうしても貴方とお話しがしたい。
放課後に体育館裏まで来てください。

これが手紙の内容だった。字も綺麗で読みやすく、とても改まった文章である。
「・・・なーんか、本当に女からもらった気分。これで“男”かあ・・・」
 とてつもなく残念そうに、葵はため息をつく。しかし彰人はその手紙の文章を、訝しげに見つめる。
「ねえ。どうしてこれ、書いた本人の名前が無いんだろう?」
 彰人に言われて初めて気づいた様子で、葵ももう一度手紙に視線を落とす。
「そういえばそーだな。俺の名前はきちんと書いてあるのに」
「それに・・・決定的な言葉が抜けているね。『好きです』とか『愛しています』とか」
「うーん・・・緊張しすぎて、いろいろ抜けていたんだろうな〜。あー、これで女の子だったらそういうのも好みなのにー!」
 葵は心底残念そうにため息をつき、先ほどの手紙を無造作に鞄に押し込む。
「んじゃあ、ちょっと行ってくるや」
「ほ、本当に行くの?」
体育館裏の方面へ歩き出した葵は、彰人のほうを振り返り「・・・行っちゃいけねーの?」と尋ね返す。
「なんか、怪しくない?」
「なんだよ、怪しいって?」
「だって、前のカマキリ事件の犯人だって捕まってないんだし・・・」
「大丈夫だよ。彰人は心配性だなぁ」
 彰人の制止を全く気に留めず、葵は体育館裏へと行ってしまった。
「ちょっと待っ!・・・どうしよう、行っちゃった」
 やはり考えすぎだったのだろうか・・・彰人はうつむき加減で考え込む。

「おい、何してんだ?」
 彰人が顔をあげると、目の前には勇人がいた。
「浅田君・・・実は」
 先ほどの経緯を簡単に話すと、勇人は動揺を無理やり押し隠した様子で彰人に一つだけ質問をする。
「その手紙の特徴を・・・教えてくれないか?」
 そんな勇人の質問に、内心首を傾げながら彰人は記憶をたどっていく。
「えぇっと・・・ピンクの音符模様の封筒に、ピンクのハート型のシールが貼ってあって・・・」
「あの馬鹿!」
 そう言った途端、血相を変えて勇人は体育館裏へと走っていった。
「あ、浅田君!?」
 彰人はただ、呆然とそこに立ち尽くすことしかできなかった。

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