俺様王子にアホ姫様

□#8
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―――あれれ?

いつまで経っても切り裂かれる痛みが走らない。どういうことだろうか。
恐る恐る、葵は目を開けた。
そこには―――

「葵に、何してんだ?」
まるで地を這うように低い―――勇人の声。
勇人は怒りをたたえた瞳を月島に向けながら、カッターを持つ手を捻り上げていた。
「・・・っ!」
月島の手からカッターが落ちる。勇人はそれを無言で遠くへ蹴り飛ばした。


「・・・んで」
俯いたままの状態で、月島が何かを呟く。
「なんで浅田君はこんな奴がいいの!? こいつさえいなければ、浅田君は僕の物だったのに!」
月島は恐ろしい形相で勇人をまくし立てる。
しかし葵には分かった―――その恐ろしい形相の下に隠された、悲しみや悔しさが。
しかし、それでも―――


「一つ質問、いいか?」
できるだけ落ち着いた声で、葵は月島に語りかける。
「今まで俺に、嫌がらせみたいなのしてたのは・・・やっぱお前?」
その問い掛けに、月島は顔を歪めながらも頷く。
「生き物の命を粗末に扱うようなのは駄目だぞ。カマキリ達に謝れよ」
葵の発言に、勇人と月島の二人はぽかんと拍子抜けた顔をしてしまった。
「あと、浅田はお前のお人形じゃないからさ。物扱いすんのは失礼だぞ」
次の言葉で勇人は耐えきれず、ぷっと吹き出していた。


「・・・なんだよ、どいつもこいつもバッカじゃないの」
月島はいろいろなことに呆れてしまい、大きなため息をついた。
「君がカマキリを埋めたところに行けばいいんでしょ? 分かったよもう」
月島はそのままきびすを返す。
「浅田君のことも、なんだかどうでもよくなっちゃったよ・・・いろんなことが馬鹿馬鹿しくなってきた」
そう言い残すと、月島は行ってしまった。




月島の姿が見えなくなってから、勇人が葵の頭にぽんと手を置く。
「もう気を張らなくて大丈夫だ・・・怖かったか?」
勇人はいつも通り不敵な笑みを浮かべているが―――何故かその声は、とても温かくて優しいものだった。
瞬間、葵の視界がぐにゃりと歪んだ。
次から次へと、涙が溢れ出す。
「刃物向けられたのなんて初めてなんだぜ!?・・・怖かったに決まってんだろ」
しゃくり上げながらそう言う葵を、勇人はそっと抱き寄せる。
「ありがとうな」
「・・・なんだよ、なんでありがとうなんだ?」
勇人が礼を言うのを不思議に思った葵は、勇人の胸板に顔を埋めながら問い掛ける。


「・・・俺のこと、これからは勇人って呼べ」
「はぁ!!?」
いきなりの勇人の要望に、葵は素っ頓狂な声を上げる。涙も引っ込んでしまった。
「て、てかさ! 俺の質問に答えろよ! さっきのお礼は何だよ?」
「そんなこと、どーでもいいだろ」
「んなっ!? ・・・はぁ、相変わらずお前って・・・お前なんだな」
何かを諦めた様子で、葵は勇人から離れる。
「さっさと寮に帰るぞ・・・馬鹿勇人」
勇人は大きく目を見開くが、すぐに不敵な笑みに戻った。
「帰るか」
二人はしばらく無駄話をしながら、寮への帰路を歩くことにした。




―――物扱いすんな、ってお前が言ってくれて、嬉しかった。


しかし、それを葵に伝えるのは、今の勇人にはまだ難しかった。

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