俺様王子にアホ姫様

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この学園の二学年は、夏休み前に林間学校へ行く。
無論それは葵たちのクラスも然り、である。
「今年の林間学校では海に行く、水着の用意忘れるなよ〜」
石川の説明に葵は「おぉー!」と感嘆の声をあげる。
「なんかさ、よーやく普通の高校生らしいことができる!」
林間学校と言えば、バーベキューをしたり水辺で遊んだりと、自然と触れ合う時間が多いはずだ。ようやく金持ち学校特有の校舎内全体冷暖房設備から抜け出せると葵ははしゃいでいた。

───しかし、そこはおぼっちゃま学校の私立鈴星学園。普通の学校が行う林間学校とはわけが違う。

「今年泊まる場所も去年と同じだ。我が校とも交流の深いK財閥が運営している高級旅館を予約してある」
石川の説明に葵は硬直した。
「海のほうもプライベートビーチが用意されている。だから安心して海水浴が楽しめるぞ〜」
今度は葵以外の生徒達が感嘆の声をあげる。
(高級旅館って・・・プライベートビーチって・・・何でだよー!!)
葵の心の中の叫びは、誰にも届くことはなかった。


*


「はぁ・・・」
葵はため息をつきながらゴミ袋の口をしばる。
今日は葵が日直だったので、放課後のごみ捨て担当なのだ。
「どーした、坂上?」
教室に出席簿をとりにきたらしい石川が、ため息をつく葵に首を傾げる。
「あぁ・・・せんせぇ・・・」
しかし葵はため息の理由なんて説明できない・・・できるはずがない。
(この学園の林間学校が不満です、なんて・・・担任教師に言えるわけねぇー)
「まぁ、お前のことは理事長からのろけ・・・じゃなくて、話しは聞いている」
惚気、という言葉を葵は聞かなかったことにした。
「この学校が、今までのお前の常識とずいぶんかけ離れているってのも、先生はよく分かる」
石川はふわりと葵の頭を撫でる。そしていつも通りのエネルギッシュだが優しげな笑みを浮かべてくれる。
しかし次に続いた「先生もそーだったんだ!」という言葉を聞き、葵は驚いた様子で勢いよく顔をあげる。
「え、先生って・・・その、一万円札を扇子代わりにしてるような人のご令息じゃないの? 一般ピープルって感じ?」
石川は葵の言葉に吹き出しながらも首を縦に振る。「ただの平凡な一般市民さ」という言葉も付け加えられた。
「大学での成績が偶然良くてさ、それでこの学校にいつの間にか入れられてたー・・・みたいな?」
ははっ、と小さく笑いながら、石川は腕を組む。
「最初はこの学校に全然慣れなくて、苦労したんだよ〜。なんか息苦しいんだよな?」
今までの葵の思いを代弁してくれた石川に、葵は涙ながらに頷いてしまった。
「でもほら、いつかは慣れる。だからいっそ、非常識を楽しんでやろう! ってくらいの気持ちでいたほうが楽だぞ?」
「先生・・・」
ようやくこの非常識な学校で、自分の気持ちを分かってくれる人に出会えたことが、葵にとってはとても心強かった。
「はい! 非常識を楽しんでやりますっ! いじいじしてんのなんて俺らしくないですよね!」
「そうそう! 坂上は元々能天気な奴なんだから、もっとでんっと構えてりゃいいんだよ!」
今度は荒々しい手つきで、石川はがしがしと葵の頭を撫でる。
「んじゃ、ごみ捨てよろしくな! 林間学校楽しもうぜ!」
「はい!」
葵は先ほどとは全く違う明るい表情で、石川に頷いた。



葵が教室の扉を開けると、そこには不機嫌な様子の勇人が立っていた。
「・・・どうしたんだよ、馬鹿勇人」
葵は訳が分からず首を傾げる。
「お前が石川と仲が良いなんて、初耳なんだけれど」
葵はむすっと顔をしかめる。
「先生なんだから呼び捨てにすんなよ!」
「・・・石川せんせー」
勇人が棒読みで言うその言葉に、葵は満足げに頷いた。
「あれ? ってかお前、さっきの俺と先生の話し聞いてたのか? 教室の前にいたんなら入ってくりゃ・・・」
そう言いかけた葵を、勇人は壁に押し付ける───両手を拘束して。
「ちょ、何すんだよ!?」
「俺だって嫉妬くらいする・・・独占欲は強いほうだから」

勇人は葵の唇を塞ぐ・・・ただ触れ合うだけのキスではない。
舌を入れてきて、何もかもを奪っていくような、そんな荒々しいもの。

「ぷはっ・・・何すんだよ、馬鹿!」
「俺だけの物っていう証、つけてやるよ」
葵の文句には耳を傾けず、勇人は葵のシャツのボタンを第三ボタンまではずして胸元をはだけさせる・・・そしてそこに唇を落とした。

───勇人はそこに赤い刻印を落とす。

ちくりとした痛みに、葵は一瞬顔をしかめる。だがすぐに勇人の頭にチョップを食らわせた。
「・・・痛ぇ」
「いてぇ、じゃねえ!! 人の体になんつーもんつけてんだお前は!! しかもここは学校だろーが!!」
自身の胸元に目を落とし、葵は顔をこれでもかというほど真っ赤にさせる。
「綺麗についたな、キスマーク」
勇人はにやりと面白そうに笑みを浮かべる。
「・・・こんっの馬鹿勇人! 人様の体になんつーことを!!」
「いずれ俺の物になるんだから、別にいいだろ?」
「よくねー!!」
「まあ、それ捨てたら早く寮に戻ろうぜ?」
「お前は人の話を聞けよ!!」


そんな言い合いをしながら、二人はゴミ捨て場へと向かっていった。


*


「な、な・・・なんだこれー!!」
今日は林間学校当日である・・・しかし。
葵は目の前の乗り物に唖然としていた。
バスなんて生易しいものではない。道路を走る豪邸・・・そんな呼び名が合うであろう乗り物が、目の前にあった。
「こ、ここ、こ・・・!!」
鶏にでもなってしまったように、葵は「こ」を連発しながら、その乗り物を指差す。
「どうしたの葵君? 早くバスのトランクに荷物つみなよ」
「これはバスじゃねー!!」


葵の叫び声も虚しく、私立鈴星学園第二学年の林間学校が始まった。

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