ヘタレ恋

□第2話
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「ごごご、ごめんなさいいいぃぃ!!」
上野はわたわたとプリントを拾い出す。
なんだか上野の様子がおかしい・・・こんなときこそ、上野に声をかけなくては!
そうは思うのだが、何と言えばいいのかが分からない。そんなこんなで俺がもたもたしている内に───
「上野さん! 大丈夫?」
先を越された、あっさりと。
中井はすばやくプリントを集めると、笑顔───この場合、にこにこではなく、にやにやである───で、上野にプリントを渡す。
「中井くん・・・あ、りがとう」
少し頬を赤く染めながら下向き加減でプリントを受け取る上野が可愛く映るからこそ、中井への苛立ちが募る。


中井と俺は、言わば“恋のライバル”というやつだ。
自他共に認めるヘタレ男である俺と、純情だが度胸のある中井では・・・今のところ、俺のほうが不利な状況である。
しかし、そんなの今だけだ! 上野は絶対俺に振り向いてくれる!・・・と思いたい、切実に。


大崎先生の説明によると、来週の4連休を使って合宿を行うらしい。
行く場所は神奈川県。俺たち田舎者にとっては都会にあたるので、楽しみだったりする。
まるで小学生の頃に楽しみにしていた遠足が待ち遠しくて夜も眠れなかったときのような・・・そんな高揚感がむくむくと湧き出す。
しかし先生が説明をしている最中に上野のほうへ視線を向ければ、真っ青な顔で俯いている。

───やっぱり、何かあるんだ。

少しでも上野の力になりたいのだが・・・如何せん、ヘタレ男な俺だ。そう積極的に声はかけられない。
この日も、ただ上野のほうへ視線を向けるだけで終わってしまった。



「上野ちゃんは、どーしたのかしらねぇ?」
部活終了後、皆が部室で着替えているとき、本川がその話題を持ち出した。
「・・・本川も、やっぱり気になったのか」
静かな声で本川に言葉を返すのは、坂井だ。
クールな強面・・・みたいな感じで、地味に女子からモテている。
けれど俺は知っている・・・こいつには“ブラック坂井”という人格が存在し、そのブラックが光臨してきたら地獄絵図を見るということを!
まあ、いつもは物静かでクールなだけだから、話し相手には丁度良いんだけれどね。
「えぇー? 俺には普通に見えたけれどなぁ〜?」
可愛らしい顔で首をかしげるこいつは、杉江。
花とか撒き散らしながら生活しているから「きゃーファンシーで可愛い!」とか言われているが、こいつも坂井同様一癖も二癖もある。
単刀直入に言えば、ドSで腹黒い。黒いものが背後にあるときなんて、背筋が凍る。
けれどこいつも普段は普通の男子だから、やはり話し相手には丁度良い。
「・・・宇宙は何も答えてくれない」
ぼんやりとした顔でよく分からない台詞をはくこいつは斉藤だ。
こいつはあれだ、掴み所がないっつーか・・・よく分からない奴。話し相手にも向かない気がする。
斉藤は宇宙と交信ができるらしい・・・なんていう噂が流れているが、本当のところは謎に包まれている。
・・・そういえば、たまーに占い師のように的を射た発言をしてくれることもある。
本当に宇宙と交信してんのかな?
どちらにせよ、俺には関係のないことだけれど。
坂井、杉江、斉藤の三人は、お互い何か通ずるところがあるらしく、よくつるんでいる。
三人と同じクラスである中井は、しょっちゅう彼らに振り回されているらしい。
常識人故に、苦労も多いのかもしれない。
まあ俺としては“ざまあ見やがれ!”くらいにしか思わないのだが。
「でも、俺もそれは感じたよ。何かあるんじゃないかな?」
三塚が小さく挙手をしながらそう言う。
「俺も思った! ・・・上野どうしたのかな」
俺も三塚に便乗してそう言う。やはり合宿先の神奈川に、上野にとっての何かがあるのだろうか?
「・・・本人が何かを言うまでは、俺たちは何もできないだろう」
眼鏡を押し上げながら、山中は冷たくそう言い放つ。
「お、おい山中! それは酷くねーか?」
思わず俺はそう反論するが、山中の鋭い目で睨まれては何もいえない。
呆れたように小さくため息をつきながら、山中は話し出す。
「無理に何かを聞き出そうとはするなということだ。人間誰しも、踏み込まれたくない領域はあるだろう?」
ユニフォームを畳みながらそう言う山中に、悔しいが俺は反論できなかった。
「まあ、山中の言うとおりっちゃあ言うとおりなのよねぇ・・・」
珍しく困ったように苦笑を浮かべた本川は、小さく肩をすくめる。
「んー・・・今日の帰りは、コンビニで何を買えばいーと思う?」
「お前は場の空気をもっと読め!」
能天気な発言をする沖野の頭に、川島は容赦なくチョップをお見舞いする。
ゴッと痛そうな音がした。
俺はその音に、思わず「ひぃっ!」と情けない声をあげてしまった。




そんなこんなで、合宿に行く日が刻々と近づいてくる。

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