ヘタレ恋

□第3話
1ページ/1ページ


神奈川にある合宿場は、想像よりも綺麗なところだった。
バスから降りた俺たちは、その綺麗な合宿場に感嘆のため息を漏らした。
“合宿場”と聞いて、ボロくて汚いところをイメージしていたが、その予想は嬉しいことに外れた。
「うっひょー! デカいし綺麗だし、景色も最高―!」
テンション高く騒ぐ沖野を諌めるように、川島が「ほら、荷物運ぶぞ」と促す。
しかし、沖野が騒ぎたくなる気持ちも分からないでもない。
この合宿場は高い所に建っているから、見晴らしも最高なのだ。
───上野も、少しは気分が良くなっているといいんだけれど・・・。
けれど上野の顔色はバスの中にいたときよりも悪いように思える。
(やっぱり、この場所に何かがあるんだ)
俺はそう確信する。



荷物運びを終え、それなりに居住まいの正せた俺たちは、大広間でミーティングに入った。
「それじゃあ、ここでお昼を食べてから・・・午後には練習に移るわよ」
俺たちの昼食は、上野が用意してくれている。先ほど材料云々を買ってきて、今は厨房に立っている。
とんとんとん、と何かをきざむ音が厨房から聞こえてくる。
「なぁ、一つ質問あるんだけれどいいか?」
三塚が小さく挙手しながら皆に尋ねる。
「ん? なぁに、三塚?」
本川はそう問いかけて、三塚に話すように促す。
「練習試合をする常英学園のことについて、ちょっと知りたいんだけれど・・・データとかは?」
三塚の問いかけに本川は「そうなのねー」と言いながら、隣にいる大崎先生へじっとりとした視線を向ける。
「先生がこの合宿と練習試合のこと、もっと早く教えてくれていれば上野に頼んで情報収集云々もできたけれど・・・ねえ?」
確かに合宿があると言われてから当日まで、そんなに日数もなかった。
それなのに上野にデータ収集をやらせるというのは、やはり本川も気が引けたのだろう。
「あっはは、悪かったよ! しかしまあ、気休め程度のデータならないこともないよ」

大崎先生の話によると、常英学園のサッカー部も今年設立されたばかりみたいだ。
曰く、常英学園はお金持ちのご令嬢にご令息が多く、初等科から高等科まであるエスカレーター式の学校なのだとか。
そんな金持ち学校だからか、フェンシング部とか乗馬部とか華道部とか、公立校では無縁な部活ばかりが重宝されているらしい。
サッカー部が今まで設立されなかったのも、そういうところが理由みたいだ。

「・・・先生、そうじゃなくて! 学校のことじゃなくて、サッカー部のデータは!?」
しびれを切らした俺は、ついそんなことを言ってしまった。
あ、空気読めていなかったか? と不安になり周りに視線をめぐらせてみると、皆も俺に頷いて同意の意思表示をしてくれた。
「サッカー部のデータならさっき言っただろう。“お坊ちゃま学校に今年設立されたばかりの部だ”とさ」
「・・・あ」
何かに気づいたらしい草垣が、ぽんと手を鳴らす。
「・・・つまり、型に則ったサッカーをするということですか」
「くさがきー! 話し飛びすぎ! 俺にも分かるように説明しろよー!」
沖野がぶーぶーと不平を漏らす。今回ばかりは俺も沖野に賛成である。草垣の話は、確かに少し飛んでいるように思う。
「俺も沖野に同意だよ。勘が良いのもいいけれど、もうちょい噛み砕いて説明してくんない?」
川島の言葉に、草垣も頷いた。
「今年新設されたばかりの部ですから、先輩というものがいません」
「・・・それは、俺たちにも言えることだろう?」
今まで静かに話を聞いていた山中がふと顔を上げ、そう発言する。
山中の発言に、草垣は「そうですね」と頷く。
「ですが僕らは中学校でサッカー部に入部していた面々ばかりです。けれど・・・あちらは違います。エスカレーター式の学校だと、先生がおっしゃっていたでしょう? 今までにサッカー部に入部したことのある生徒がいないということです」
草垣の発言に、山中は小さく頷き「なるほど」と呟いた。
「サッカー初心者が集まっている可能性があるということか。しかも相手は金持ちのご令息、泥臭いプレーとは無縁そうだな───確かに草垣の言ったとおり、型にはまったサッカーをしそうだ」
山中の発言を聞き、ようやく俺たちは納得した。
「つーまーりー! かすり傷一つでうろたえるようなおぼっちゃまが試合の相手ってことだね!」
にこにこしながら杉江がそうまとめる。
「・・・楽勝じゃん。貧弱なボンボンぐらい捻りつぶしてやるよ」
黒い笑みを浮かべた、先ほどよりも低い声の杉江の呟きに・・・俺は背筋が凍りそうになった。
「油断は禁物・・・宇宙が、そう言っている。手を抜くのは凶だ」
いつも通りぼんやりとした顔で、斉藤は占い師のような発言をする。
その発言に、本川は真面目な顔で頷く。
「中には文武両道っていう憎らしいのもいるかもしれないってことね。弱いと決まったわけではないわ」
本川の発言に、皆も気を引き締める。
しかしそんな強張った顔に、本川は逆に柔らかい笑みを浮かべる。
「けれど、型にはまったプレーをするかも、っていうデータは信憑性が高いわね。できるだけ私たちは不規則な攻撃をして・・・相手を混乱させてやることにしましょう」
にっこり。杉江の笑みとは違う、自信に満ちた明るい笑みを本川は見せる。

───こういう奴だから、きっと部長が務まるんだろうなぁ。

本川は人のやる気を引き出すのが上手い。
皆の意見に耳を傾けるだけでなく、きちんと自分の意見も言ってくれる。
こいつの笑顔を見ると自然と「あ、できるかもしれない」と自信が持てるのだ。
本川はすごいところをいっぱい持っていると思う。


「み、皆さん! ご飯、できましたー!」
ひょっこりと顔を出して、上野は食事ができたことを告げてくれる。
「うっしゃー!! 上野! 今日のメシって何!?」
「カレー、なの」
「おぉ! 合宿の定番きたー! 俺、一番乗りー!!」
我先にと、沖野が厨房へと走っていく。
「しょーがねーなぁ、あいつは」
中井が小さく微苦笑を浮かべる。特に怒っているというわけではなさそうだ。
「それじゃあ、ご飯にしましょうか!」
本川がそう言うと、皆も沖野に倣ってどたどたと廊下を走っていった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ