ヘタレ恋

□第4話
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昼食を食べ終えてからの最初の練習は、部のメンバーを半分ずつに分けて、模擬プレーを行うというものだ。
これは俺が好きな練習の一つだったりする。
1チームの人数が半分になる分、思う存分動ける。そんなところがなんだか心地よいのだ。

「笹倉、今回もなかなか良い動きだったわよ」
休憩時間になると、本川がそっと俺に声をかけてきた。
「そうか? あはは、本川に言われると自信付くなぁ」
「フォワードはガンガン攻めてナンボだからね。あんたのプレーは敵側としても気持ちよかったわ」
俺のポジションはフォワードだ。敵チームのメンバーを潜り抜けてガンガンシュートを打てるのが魅力だったりする。
けれど。
「だけどさぁ・・・最近のフォワードは守備だって求められてんだろ? 俺ってつい攻めることだけに夢中になっちゃう悪い癖があるからなぁ・・・」
うーん、と唸りながら腕を組む。一つのことにのめり込むのは得意だが、たくさんのことに目を向けないといけないのは少し辛い。
「けれど、そこがお前のプレーの良い所だろう」
副部長兼恋敵である中井が、俺たち二人にドリンクを持ってきてくれた。「休憩中にきちんと水分補給しとけっての」というおせっかいな言葉つきで。
「・・・サンキュ」
ここはきちんと礼を言うべきところだろう、そういうところはきちんとしておきたい。俺は中井から飲み物を受け取った・
「気が利くわねー。ありがとう、中井」
にこりと微笑み、本川も中井から飲み物を受け取る。
「守備も大事だけれどさ、点取るのはフォワードの一番の仕事だろ? それに貪欲なのは良い事だ」
いつもはむかつくライバルだが、中井は評価すべき点はきちんと評価のできる人物だ。
こういうきちんとした奴だからこそ、副部長が成り立つのかもしれない。
「お前の機転の利くプレーも、俺は良いと思うぜ。なんかミッドフィールダーっぽい」
にやりと笑みを浮かべて、俺は先ほどのプレーで思ったことを中井に告げた。
言っておくが、これはお世辞でもなんでもない。俺の本心だ。
「ぽい、ってなんだよ」
声は荒っぽいが、目元は柔らかい。褒められるのに慣れていないこいつらしい反応だ。
「おーい、本川!」
ベンチの辺りから三塚が駆けてきた、心なしか落ち着きが無いように見える。なにかあったのだろうか?
「実はさ・・・上野が」
「え、上野がどうしたんだよ!?」
落ち着きの無い様子の三塚から上野の名前が出たものだから、俺は身を乗り出す。
「・・・安心しろ、倒れたとかじゃないよ。むしろ逆なんだよ」
三塚の言葉に、俺たち三人は首を傾げる。
「逆ってなんだよ、逆って」
俺たちの言葉を代弁するように、中井がそう問いかける。
「上野がさ・・・俺たちが練習している間に、常英学園サッカー部のデータ作成してくれてさ! それが細かいの何の・・・!」
興奮した様子で、三塚は両手を振りつつその感動を伝えようとする。
「そうね。それじゃあ夕食の後にでもミーティングを開くわ。そのときに上野のデータを皆で見ることにする」
上野や他の子にも伝えておいて、と三塚と中井にそっと促す本川。
二人は了解、と短く返事をしてあちこちへと散っていった。
「・・・やっぱり、何かあるんだ」
「何かって?」
俺の呟きに、本川が疑問の声をあげる。
「上野の様子がおかしい理由だよ。きっとこの土地に・・・いや、常英学園に何かあるのかもしれない」



*



「夕飯も美味しかったわ。ご馳走様、上野」
本川の労いの言葉に、上野ははにかんだ様子で笑みを浮かべた。うん、すごく可愛い。
「・・・さて、これからミーティングに移ります。まず上野、常英学園のデータをここに持ってきてくれる?」
とんとん、と本川が大広間にあるテーブルを指で叩くと、上野がその上にノートを広げてくれる。
このノートは、俺たちサッカー部のデータを上野が工夫してまとめてくれているものだ。部員のデータから、練習試合のときのデータから・・・内容は様々である。どのデータも丁寧にまとめられていて、初めてこのノートを開いたときには思わず舌を巻いた。
そして今、机に広げられているデータも・・・すっげー細かく丁寧にまとめられている。
「一応聞くけれど・・・これって、いつまとめたの?」
「合宿があると聞いてから、すぐに・・・です」
そんな短い期間でこんなに事細かなデータが収集できるものなのだろうか、俺は疑問に思ってしまう。
「いやー! 優秀なマネージャーがいるなんて、この部は恵まれているなぁ!」
そう言いながら頭を掻く大崎先生に、本川は呆れた視線を向ける。
「いくら優秀なマネージャーだとしても、これは出来過ぎているでしょう」
本川はまた視線を上野に戻す。それに釣られて俺たちも上野に視線を戻した。
「あの・・・お邪魔でしたら、ごめんなさい・・・」
俯きながら震える声で、上野はそんなことを言う。この場にいる誰もが“邪魔”なんて思っているはずないのに。むしろもっと堂々としていてくれと言いたいところだ。
しかし、今の俺たちの関心は別のところにあった。
“どうして上野はこんなに詳しいデータが短時間で作れたのか”というところである。
「・・・もしかして上野、常英学園に何かあるんじゃないの?」
俺はたまらずそう聞いてしまった。
他の部員の奴らが驚いた顔を俺のほうへと向ける。
確かに俺も確信があるわけではないのだが・・・上野のことをいつも見ていたら、なんとなくそんな考えにたどり着いた。
「あの学校は・・・私の、出身校です」
「「「・・・はい?」」」
部員全員の声が重なった。ミーティングのときに全員の声が重なるなんて、非常に珍しい。
「去年まで・・・私、常英学園に通っていました」
まさかの、驚きの新事実。
「「「ええええ!!?」」」
またしても部員全員の声が重なった。しかし今はそんなことなどどうでもいい。
(ってことは・・・上野って、超がつくお嬢様ってことー!?)

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