ヘタレ恋

□第5話
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「まぁ、大体そんなところじゃないかしら・・・っていう予想はついていたけれどね」
皆が驚愕した顔で固まっている中、本川だけは真面目な顔で頷いていた。
なんという、神経の図太さ。
「私、サッカーが大好きだったんです・・・あの頃から」
上野が遠くを見るような眼差しでそんなことを言うから、俺はなんだか不安な気持ちになった。



*



「ゆーう! パース!」
大きく愛嬌のあるこげ茶の目をきらきらとさせながら、そばかすの少年は少女にパスを送る。
「うん、いくよぉ! たっくん!」
女の子にしては短い髪をさらさらと揺らしながら、彼女はゴールキックを打った。
ゴールキーパーの少年がそのボールを追うが、敢え無くゴールが決まってしまった。
「くっそぉ! また達也のチームに負けたぁ!」
「優と達也のタッグになんて、勝てっこねーよぉ!」
まだ初等部にあがったばかりの子どもたちは、学園のすぐ近くにある芝グラウンドにごろりと寝転んだ。
先ほどのプレーで疲れてしまったのか、どの子も皆汗だくである。
「へっへん! 俺と優は最強なんだぜ!」
なっ! と言いながら、そばかすの少年───達也は、少女───優の肩を抱く。
その様はさながら、仲の良い兄妹のようだ。

優と達也は、物心がつく前からよく一緒に遊んでいた。
所謂、幼馴染、というやつである。
兄妹とは少し違うが、兄妹同然の付き合いをしてきていた。

上野がまだ小学一年生だった頃、常英学園の少年達は毎日のように学園のすぐ近くにある芝グラウンドでサッカーをして遊んでいた。
両親たちは子どもたちにもっと品のある遊びをさせたかったらしいが、どんな家柄の子どもであろうと外で駆けずり回ることが嫌いな子どもはいない。
それは勿論、達也や上野も例外ではない。
上野は元々おとなしい性格の女の子なのだが、サッカーが大好きという変り種であった。
なので上野も達也たちに混じって、サッカーを楽しんでいた。


しかし、好きなことを好きなだけしていられる時間というものは、限られている。
上野が小学六年生になる頃には、祖母から礼儀作法に手芸や料理などを学ぶことに勤しまなくてはいけなくなっていた。
そしていつしか、サッカーをしなくなった。
少年たちが今でも芝グラウンドにいることは知っていたが、孫を品のある女性に育て上げたいと思っている祖母がいる手前、上野は泥まみれになりながらサッカーをすることなどできるはずもなかった。



───そして、上野たちは中等部に上がった。

(今日も、たっくん達・・・芝グラウンドで、練習しているのかな?)
中等部に上がりしばらく経てば、少しずつ自分のために使える時間が増えてきた。
そんな時間を利用して、上野は芝グラウンドで達也たちがサッカーの練習をしているのをしばしば眺めていた。
やはりいくら年月が過ぎても、サッカーを嫌いになることはできなかった。
だけれど上野は良い家柄に生まれたご令嬢である、小さい頃のようにサッカーに参加をすることはもうできない。
けれども、見ているだけでも満足だった。

「あ、優! 今日も来てたんだ! さっきのプレーはな・・・!」
たまに達也が上野の元にきてくれて、技の解説や、一緒にプレーをしている少年の得意な技などの説明をしてくれる。
それを聞いているだけでも、自分もサッカーをしているようで、上野は楽しかった。
高等部に入る頃にはサッカー部を設立するのだ、と意気込む達也を見ているだけで、上野も一緒にうきうきとしていた。
そして上野は達也の説明を聞いているうちに、サッカーの知識や達也を含めた他の少年のデータを覚えられるようになってきた。

けれど、そういう光景を見ていれば、ほとんどの少年が同じことを考えるのだ。
「なぁ・・・達也と上野さんって、付き合ってるのかな!?」
「上野さん、いつもここに来るもんな! 好きなんじゃねーの!?」
「達也もよく、上野さんのところに行くしなぁ!!」
二人の仲を疑う冷やかしの言葉が飛び交うようになるのも、仕方の無いことなのかもしれない。

しかし達也にとっては、それがとても苦痛だった。
優のことは勿論好きだった。
けれどそれは、冷やかしの言葉を受けても良い理由にはどうしてもならなくて。

「優・・・もう、ここには来ないでくれ。サッカーなら、他でも見られるだろっ!」

達也にその言葉を言われた瞬間、上野は目の前が真っ暗になった。
一瞬、何を言われたのかが分からなかった。
しかし、それが拒絶を意味する言葉だと・・・時間が経つにつれてじわじわと理解できた。
頭の中が真っ白になり、気がついたら目からぼろぼろと涙が溢れていた。

その後のことを上野はよく覚えていない。
けれどこの事を機に、上野は他県の高等学校に行きたいと両親に話した。
上野の意思をできるだけ尊重したかった両親は、祖母の反対を押し切るように引越しをしたのだった。



*



「そういうことが昔あったんです。常英学園のサッカー部の名簿にも、知っている人の名前がいっぱいあったので・・・きっと、達也君たちが新設したんだなーって思って」
上野の過去の話を聞いているときは、いつも賑やかな部員たちも、何故だか何もいえなかった。

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