ヘタレ恋

□第6話
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「・・・まぁ、大体そんなところだとは思っていたわ・・・うん」
「嘘つけぇ!! 本川、ぜってー予想できてなかったって!!」
顔をしかめつつ本川の言葉に反論する沖野に、今回ばかりは俺も同意した。
思いつめた顔をしてこめかみのあたりに汗を流している部長の言葉なんて信じられるはずがない。

(でもこれって・・・上野は、その達也君とかいう男に、片思いしているってことか・・・!?)
考えられなくはない。幼馴染同士で恋に落ちるという話も多い。
そこで俺はふと、自分の幼馴染のことを思い出した。
・・・気の強い幼馴染の怒った顔が思い浮かび、上野のほうがいいな、と思ってしまったのだが。

「上野は・・・達也君だっけ? そいつのこと、すっ・・・き、嫌いなのか?」
俺は身を乗り出しながら上野にそう尋ねる。
好きなのか、とは聞きづらかった。返ってくる答えを想像すると怖くなったからだ。なので寸でのところで、嫌いなのか、と言い直した。
その質問をした俺に、三塚は咎めるような視線を寄越してきた。
上野は思い切りぶんぶんと首を振る。
「嫌いなんかじゃないっ!・・・でも・・・達也君は私のこと、嫌いだと思う」
痛ましい表情で、上野はぎゅっと唇を噛む。

小さく唸り、大崎先生は腕を組む。
「達也君は別に、上野のことが嫌いになったわけではないと思うぞ?」
大崎先生の言葉に、上野は顔を上げる。
「それくらいの年頃の男の子には、よくあることだ。大目に見てあげなさい」
穏やかな声でそう言う大崎先生からは、なんだか大人の余裕のようなものが見て窺えた。
俺たちよりも長く生きているのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。

「理由はともかく、データは手に入った。練習試合は格段にやりやすくなった」
冷静に今の状況を分析した山中は、右手で眼鏡を押し上げる。
「もう少し言い方を考えろ・・・と言いたいところですが、それには俺も同意しますよ」
横目で軽く山中を睨みながらも、草垣も頷く。
合理的な考え方の好きな二人らしい意見だ。
「辛い事を思い出させてすみません、上野さん」
心配そうな表情をする中井に、上野は慌てて両手を顔の前で振る。
「だ、大丈夫ですっ! それよりも・・・皆さんのお役に、立ちたいから!」

上野の一言に、皆が笑顔で頷く。
「よぉーっし! 燃えてきたぁ!」
「絶対勝つぞー!」
「合宿の最後は、勝って終わらせたいもんなー!」
「気合入ってきたー!」
口々にそう言う部員に、上野はそっと口元を綻ばせた。
(そうだよ、上野は俺たちと同じチームの仲間なんだ! 頑張ってデータを作ってくれた上野のために、俺も気合入れないとな!)
闘志に燃える俺は、ぎゅっと拳を握り締めた。



*



「うぅ・・・眠ぃ。早く寝直そう・・・」
ザーと背後から聞こえる水の音を聞きながら、トイレから出る。そしてあくび交じりにそう呟いた。
夜中にトイレで目が覚めてしまうと、どうしても損をした気分になる。

廊下をしばらく歩いていると、反対側から同じように歩いてくる足音が聞こえた。
他の部員もトイレか何かで目が覚めたのかと思っていたら、その人物は───
「上野っ!?」
こんな夜更けに出くわすとは思わなくて、思わず大きな声を出してしまった。
ひっ、と驚きの声をあげる上野を見て、俺は慌てて自身の口を両手で塞ぐ。
「あ、ごめん。いきなり大声出して・・・俺はトイレで起きちゃったんだけれど、上野も?」
「ううん・・・ちょっと眠れなくて、水でも飲もうかと思って」
「眠れなくて?」
今日も変わらず選手たちの練習内容はハードだった。無論マネージャーの上野である仕事もそれに比例するようにハードだったはずだ。
それなのに“眠れない”という上野の発言に、俺は首を傾げてしまう。
「明日は、ほら・・・合宿の最終日でしょ? だから、練習試合も最後にあるから・・・ちょっとだけ、緊張しちゃって」
「・・・あぁ、それでか。 常英学園のグラウンドに行くみたいだし」
練習試合をする場所がなかなか確保できないと悩んでいたら、常英学園のほうから「合宿場から近いのならうちのグラウンドで試合をやったらいいだろう」と声がかかったのだ。
例えグラウンドだけとはいえ、金持ち学校の敷地に足を踏み込むのかと思うと、少し楽しみになってしまう自分がいる。
しかし上野は浮かれた気持ちでいられないだろう。明日はついにトラウマと直接対峙するのだ。

「大丈夫だよ。うん、絶対に大丈夫だ」
俺にはこんな陳腐な言葉しか言えない。けれど上野には・・・どうしても笑っていてほしい。
彼女には恐怖で震えていてほしくない、いつも優しい笑顔でいてほしい。
「俺たちがついている・・・絶対に、勝つから」
果たして上野は、俺たちが幼馴染のいるチームを負かすことで安心するのだろうか。そこは・・・分からない。
けれど上野は俺たちのためにデータを作り、しんどいであろう練習のサポートもきっちりとこなしてくれた。そんな上野に応えるためには、やはり勝つしかない。

───皆さんのお役に、立ちたいから!

あの日の夜に上野が言っていた言葉が、ふと脳裏をよぎる。
上野の努力に応えるには、上野が俺たちのチームに必要だという思いを伝えるには、この試合に勝つのが一番だ。
「だから、大丈夫だ」
俺のその言葉に、一瞬上野が泣き出しそうな顔をした気がした。
しかしそれが気のせいだったのかと思えるほどに、今の上野の笑顔は輝いている。
「ありがとう、笹倉君。私も皆のために頑張るね!」

やっぱり、上野には笑顔が一番似合っていた。

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