現代系短編集

□大人を夢みて
1ページ/3ページ


────私は、早く“大人”になりたいの。



「よし、今日の分の勉強も終わり!」
ピンクで統一された可愛らしい部屋の勉強机で少女、藤野瑠璃は大きく伸びをする。
そして教科書やノートを鼻歌を歌いながら鞄に仕舞う。

────これで私は、また少し大人に近づけたかな?
自分自身にそう問いかけながら、瑠璃は先ほど使っていた数学のテキストを手に取りじっと見つめていた。


*


翌日、学校が終わった瑠璃はいつものように急いで家へと帰宅した。
そして自室でお気に入りのピンク色のワンピースに着替えて、玄関で赤色のミュールを履く。

「今日もまたケイに会いに行くのか?」
瑠璃の兄の晃が、呆れた顔をしながらそう問いかける。
「うん! 会いに行くの!」
そんな兄の顔も気にせず、瑠璃は笑顔でそう答える。
ケイ、とは晃の高校時代の友人、浜川圭輔のことだ。
瑠璃が上機嫌で家を出て行ってから、兄はドアに向かってため息をついていた。



圭輔は、瑠璃の兄の晃と同じ22歳である。
晃は現在大学生だが、圭輔は今年短大を卒業している。現在は藤野家の近所にある、全国チェーン店の喫茶店で働いている。
瑠璃は以前、兄にその喫茶店へと連れて行ってもらい圭輔と出会った。
それからというもの、瑠璃は学校から帰宅するといつも圭輔のいる喫茶店へと足を運んでいる。

────だって、私は圭輔さんのこと好きなんだもの。好きな人に会いたいのは当然のことよね。

しかし、瑠璃と圭輔は歳が離れている。
瑠璃はまだ高校生なので16歳、22歳の圭輔とは6歳も歳が違う。
なので瑠璃は圭輔からまるで妹のように扱われてしまうのだ。

────早く、圭輔さんの目に留まる女になりたい。だから、早く大人になるの。

圭輔を想いながら、瑠璃は日々大人に近づくように努力しているのだ。



カランカランと、客が来たことを知らせるベルが喫茶店内に響く。
「いらっしゃい、瑠璃ちゃん」
アダルティーな雰囲気を醸ちだす男性が、カウンターから顔を上げ、その客へと微笑みかける。
「圭輔さん、こんにちは」
瑠璃も嬉しそうに笑顔を浮かべて、そのまま圭輔のいるカウンターの席へと腰をかける。


────やっぱり、今日も圭輔さんは格好良いな。

大人の色気を感じさせる目元に、少し長めな黒髪。そして長身でスリムな体系。
いつも少しからかったような態度をとるけれど、やはりそこにも大人の余裕がある。
どこをとっても圭輔さんは完璧、格好良い。

そんな圭輔に、瑠璃は思わず見とれてしまっていた。


「何飲む?」
コーヒーカップを布巾で拭きながら、圭輔は瑠璃に尋ねる。
「いつもの、アイスストレートティーで」
瑠璃は手馴れたようにそう注文する。
圭輔は「相変わらずませてんの」なんてクツクツと喉の奥で笑いながら、瑠璃の頼んだアイスティーを出す。
いつも客の多いこの店にしては珍しく、ちょうど今は客もまばらにしかいない。
なので圭輔は瑠璃の話し相手となる。
「ませてなんかいません、私は純粋に紅茶が好きなの」
頬を膨らます瑠璃に、「はいはい、そーだな」と含みのある笑みを浮かべながら圭輔は瑠璃へガムシロップを2つ差し出す。
「・・・圭輔さん、私いつも言っているじゃない。ガムシロップは使わないって。甘くないのがいーの」
瑠璃はむくれながら先ほど圭輔に差し出されたガムシロップを圭輔のほうへと押し戻す。
「これは失敬」
圭輔はわざと瑠璃の手に触れるようにして、ガムシロップを引き取る。
瑠璃は圭輔の手が触れた瞬間、思わず顔を赤くして、すぐに手を引っ込めた。
そんな瑠璃の態度を面白そうにクツクツと笑う圭輔に、瑠璃はますます顔を赤くする。
「やっぱり、瑠璃ちゃんは可愛い」
そんな台詞だって、圭輔は平気でさらりと述べる。
耳元まで赤くした瑠璃は、そのままそっぽを向く。


────貴方のその大人で余裕な態度に、いつも私は踊らされてしまう。


「・・・またそうやって、子供扱い」
ぼそり、と瑠璃はいつも自分の思っている言葉を口にする。


────大人の圭輔さんとは違って、自分はまだ子供。だからいつも圭輔さんの行動一つ一つに振り回されてしまう。

そんな子供な自分も、子供扱いされてしまう事実も瑠璃は嫌なのだ。だからこそ日々大人になる努力をしている。


「子ども扱い? 俺が瑠璃ちゃんを?」
圭輔の言葉に、瑠璃は上目遣いで圭輔を見ながらこくりこくりと頷く。
「そういうつもりは無いんだけれどなぁ・・・」
圭輔はそっとテーブルの上にある瑠璃の手に、自身の手を重ねてみせる。
瑠璃は驚いて手を引っ込めようとしたが、圭輔に押さえられてそれは未遂に終わった。
「俺、瑠璃ちゃんを子供扱いした覚えはないんだけれど?」
茶目っ気を交えながら首を傾げる圭輔に、瑠璃はまた頬を赤く染めていた。


*


あれからしばらく月日が経ち、今日は12月24日である。
瑠璃の部屋にあるカレンダーには、可愛らしい字で“クリスマスイヴ”と書き込まれていた。

一方その部屋の主である藤野瑠璃は、委員会活動のせいで学校からの帰りが遅くなり、すっかりご機嫌ななめだった。
腕時計をちらりと見て、瑠璃は現在の時刻を確認する。
「6時10分・・・あーあ、これじゃあもうお店行けないよ」
恨めしそうな顔をしながら瑠璃は「最近忙しくてお店行ってないから、行きたかったのに・・・」と小声で呟く。


圭輔の働く店は、朝6時から夕方6時までの間はただの喫茶店だ。
しかし夕方6時から深夜1時の間は酒を飲み交わす大人のバーへと変貌をとげる。
けれど、圭輔も店の開店時間の朝6時から閉店時間の深夜1時まで働きづめなわけではない。
いつも『今日は夕方まで』『今日は夜から』『今日は休み』など、仕事をする日時は不定期なのだ。

今日のことはたまたま圭輔から、夕方は仕事をしていると聞いていた。
少しの時間だけでもいいから店へと行きたかった、けれど学校が思った以上に長引いてしまったのだ。

無論6時以降に始まるバーには、未成年の瑠璃は入れない。
そのため、今日はもう店にいけないから瑠璃は非常に機嫌が悪い。

しかめっ面で道を歩いていた瑠璃の体が、ぐらり、突然大きく揺れた。
「ととっ」
近くの柱に掴まり、瑠璃は体勢を整える。

────そういえば・・・熱、出てたんだっけ。

昨日の夜から、12月に入り寒くなったせいか少々微熱が出ていた。
そういえば今朝、兄の晃にしつこく早く帰ってくるように言われたような気がする。
けれど・・・

「お店の外から少し覗くくらいなら・・・いいよね?」
クリスマスイヴだからというのもあって、圭輔の姿を一目みたい。
少しボーッとする頭で瑠璃はそう考えつく。
ふらついた足取りで、瑠璃は店のほうへとよたよた走っていった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ