現代系短編集

□ふわふわな笑顔
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俺はどちらかと言えば、聞き役なほうだ。
なので彼女も、俺に相談話を持ち掛けるようになったのだろう。



いつも通り俺は、クラスメートの相沢の恋愛相談を受けていた。
最近の日課となってしまったと言っても過言ではない。
「―――って感じだったの。彼、どう思ったんだろ……荒川君は、どう思う?」
ふわふわと柔らかそうな髪を肩の位置で揺らしながら首を傾げ、そう俺に尋ねてくる。
分からなければ、しらねーよ、の一言で済ませてしまおうと思うのだが、これがそういうわけにはいかないのだ。
何故かというと、分かるからだ。
不思議なことに、相沢の恋愛相談の中に出てくる“彼”の考えていることが、手にとるように分かるのだ。
「あー...それは単なる照れ隠しだな。気にせずいつも通りでいいと思うぜ?」
俺がそう答えると、相沢は心底安心した様子で、よかったー、と胸を撫でおろした。

―――こういう瞬間が、一番辛い。

俺は、物心ついたころから相沢が好きだった。
丸くて大きな瞳に、真っ白な肌。はかなげだけれど芯の通った性格も好きだ。
そんな相手の恋愛相談につき合うなんて、一種の拷問に近いと思う。
「...元気出た、ありがとう!」
しかし、相沢ににこりと可愛らしく微笑まれると、顔がほてるのを感じる。



この日の放課後も、俺は相沢の相談を聞いていた。
いつも通り話を聞いて、そしていつも通りアドバイスをしていたのだが。
―――しかし今日は、いつもと違った。
「...ねえ、荒川君って、鈍感なの?」
前髪のせいで相沢の表情が分からない。しかしいつものやわらかい微笑みがないのは分かった。
「え?」
俺は何のことかと問い返そうとしたが、相沢は走り去ってしまった。


「おーい、相沢ー?」
相沢の言葉がどうしても気になった。だから俺は彼女を捜すことにした。
そのときふと、あることを思い出した。

―――私、落ち込んだときはいつも行くんだ。

もしかしたら、相沢はあそこにいるのかもしれない。
俺は階段へと歩を進めた。



ぎぃ、と軋む音を立てて、俺は屋上のドアを開けた。

―――屋上、私のお気に入りの場所なの。

そう言っていつものようにやわらかく笑う相沢の顔を、自然と思い出した。

「...相沢?」
相沢はそこにいた。
ぼんやりと空を眺める彼女―――夕日を浴びたせいか、彼女にいつもと違う雰囲気を感じた。
相沢はゆっくりとこちらを振り向いてから、驚いた顔で固まってしまった。
「あ、荒川くん...?」
驚く相沢が可愛らしくて、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。
「お前、屋上が好きだっつってたろ? だからいるかと思ってさ」
やっと相沢がいつものやわらかな笑みを見せてくれた。
「覚えててくれたんだ・・・」
にこにこと嬉しそうに笑いながら、相沢はそう言う。
俺は視線を逸らしながら、まーな、とぶっきらぼうに返すことしかできなかった。
「じゃあ・・・これも覚えてるかな?」
「ん?」
「一年前・・・ちょうど入学したての頃のこと」



「はぁ...」
新しい学校の新しいクラスにまだ慣れない相沢は、息抜きがてら、屋上にきていた。
(友達、できるかな・・・不安だよ)
一人で考え込んでいると、ぎぃ、とドアの開く音がした。
入ってきたのは一人の男子だった。
「あ、すいません。私、もう出ますね」
軽く会釈をしながら出ていこうとした相沢を、男子―――荒川が手で制した。
「別にいいよ、後からきたのは俺だしさ」
俺は荒川ってーの、と軽く自己紹介をして、荒川は相沢の隣へと立った。
「どーも新しい環境に慣れなくってさぁ・・・逃げてきちった」
ははっ、と笑いながらそう話す荒川に相沢はくすりと笑いながら、私もです、と返した。
「お互い頑張らねーとな〜。あ、そうだ」
荒川はごそごそとポケットをまさぐり、小さな鳥のキーホルダーを取り出した。
「ジュースのおまけでついてきたんだけれどさ、せっかくだからあんたにやるよ」
そう言って、荒川は相沢にキーホルダーを受けとらせる。
「でも、これ、荒川くんのだし...」
「もう同じの持ってっから、へーき」
相沢が返そうとすると同時に、荒川は携帯についたキーホルダーを見せる。
「お互い頑張ろうなってことでさ、じゃあな!」
そのまま、荒川は屋上から出ていってしまった。

―――荒川くん。

彼がくれた鳥のキーホルダーを、相沢はきゅっと胸に抱きしめた。



「あー、そういやそんなこともあったなー」
俺は本当にいらない物だったから、偶然出会った相沢にあげただけだったのだが、相沢はずっと大事に持っていたらしい。
「それからね、屋上が好きになったの」
ふわふわの笑顔で、相沢がそう言う。
「・・・屋上だけ?」
無意識で、俺はそう問い掛けていた。
正直、自分自身の発言に驚いた。
「・・・屋上だけじゃないよ」
相沢はゆっくりと、静かに首を横にふる。
「荒川くんのこともね、その時に格好良いなって思って・・・好きになってたの」

―――俺はたまらず、ふわふわとやわらかなお姫様を抱きしめていた。
もちろん、そっと、優しく、だ。

「俺も、相沢のことが好きだ」
どちらともなく、互いの唇を触れ合わせた。
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