フシギの世界へ

□第10話
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「あれっ?」
凜は一つ疑問な点を見つけ、思わず声をあげた。
「どうした、凜?」
そんな凜にサイラが首を傾げる。
「そういえば…なんでサイラは私がここにいることを知っていたの?
それに、イースやフィサとも知り合いだったなんて初耳よ?」
そう、凜が酒屋に行くということはイースとフィサしか知らなかったはずだ。
それに、サイラが前から二人と知り合いだったなんてことも聞いていない。
「説明すると、いろいろと入り組んだ話になりそうなんだけれどね」
イースが苦笑を浮かべながら肩をすくめる。
これには、いろいろと込み入った事情があるらしい。



時は凜が酒場の方向へと走り去ってしまったところまで遡る。

「おい、どうするんだよ怪力馬鹿! 凜姉がケダモノの巣窟へと行っちゃったよ!?」
イースは自身の小さな手で、ずいぶんと高い位置にあるフィサの肩に掴みかかる。
「…………確かに、あそこは危険だ!」
イースに言われてたっぷり二十秒経ってから、フィサはやっと酒場には血の気の多い人物ばかりだということを思い出した。
「今更気付いても遅いんだよ馬鹿! 凜姉〜! うわ〜ん!」
イースは更にフィサの肩を強く掴み、前後に揺さ振る。
「ちょっ!? 揺す降るなって! 結構キツい!」
「そんなこと知ったこっちゃ無いよ!」
二人はそんなこんなでパニックを起こしていた。

すると、ふと自分達の真横に青年が立っていることに気がついた。
「お前ら、凜を知っているのか? ………凜に何があったんだ!!」
隣に立っている青年は顔を真っ青にして、二人に食ってかかる。
そんな青年の態度に、イースは思わずフィサの肩から手を離した。
「……取り乱して悪い。俺の名前はサイラ、凜と交友関係を持っているものだ」
「サイラ兄ね…僕はイース、そっちのアホ面はフィサ」
いつもはここで『誰がアホ面だ!』とフィサが文句を言うところだが、今のピリピリとした空気はさすがのフィサにも感じとれたらしく、軽く頭を下げるだけだった。
そしてイースはサイラに、凛が酒屋へと行ってしまったことを簡単に説明した。
「酒場へ行った!?………凛!!」
サイラはいてもたってもいられなくなり、酒場のほうへと駆けていった。
そのスピードは尋常ではなく、数秒後にはほとんど姿が確認できないほど遠くに行ってしまっていた。
「さ、サイラ!?」
「サイラ兄! 待って!」
そのサイラのあとを、フィサとイースも急いで追いかけていった。



「───そして、現在に至るってわけ」
「そうだったの」
イースの説明に凛はコクコクと頷いていた。
「なぁ凛…もう、無茶はしないでくれよ?」
心配そうに凛の顔を覗き込むサイラに、凛は少し目元を赤くしながら「ごめんなさい」と小さく謝った。

「……そういえばさ、ちょっと気になることがあるんだけれど」
ロンはカウンターの中へと入り、皆に適当な飲み物を出す。
そして席に戻ってから話を切り出した。
「凛は、ここに何しにきたんだ? …凛みたいな子は、こんな危ないところに用事は無いと思うんだけれど」
テーブルに頬杖をつきながら「俺も気になっていたんだよなー」とザンが凛を上目遣いで見ながら言う。
「ちょっと、知りたい情報があったのよ。裏の情報っていうの…?」
凛はイースが話してくれた“おとぎ話の裏設定”のことを思い浮かべる。
“裏”という言葉があるだけにおそらく裏設定も裏の情報と呼べるのだろう、と凛は考えたのだ。
「裏、ねぇ…」
ザンは凛の口から“裏”という言葉が出たことに、意外だと思うと同時に面白そうだと感じ、思わずニヤリと笑みを浮かべる。
「ここに古くから伝わるおとぎ話があるでしょ? それについて詳しく知りたくて…」
凛はそこで怪訝な顔をして口を閉じ、続きを話すのを止めた。
何故なら…
「ねぇ、二人とも何しているの?」
ザンとロンが揃って呆れ顔を並べ、天を仰いでいたからだ。
さすが双子、合図をとらなくても全く同じ仕草をとる。
けれど今の凛にとって、そんなことはどうでもよかった。真面目に話をしているのにそんな態度をとられてはいくら凛でも腹が立つ。
「裏の情報ってそれ? 夢みる少女が信じるようなメルヘ〜ンなおとぎ話についてのこと?」
ザンはいかにも凛を馬鹿にしたような言い方をして、最後に「アホらしい」という言葉を付け加える。
そんなザンの態度に、凛は頭の中で何かの切れる音がした。
ガタンッ! と大きな音を立てて凛は椅子から立ち上がる。
「あのねえ!! こっちは真剣なの! そのおとぎ話の結末によって私の運命が決まるかもしれないのよ!
 あのおとぎ話の主人公は、私と全くそっくりな待遇なのよ! だから今の私にはそのおとぎ話しか頼るアテが無いの…!」
一息でそう説明した凛は、怒りやら焦りやらが頭の中でぐるぐるしている興奮状態だった。荒々しく肩を上下させて息をする。
凛の急変ぶりに、その場にいた全員がコチンッと固まった。
「私は、早く元の世界に帰らないといけないのよ…!!」
誰に言っているのかもはや自分でも分からないが、凛はそう叫ぶ。
一度は、この世界を楽しむのも良いかもしれない、とも感じた。
けれど凛は、所詮この世界の人間ではないのだ。皆の使う能力を見ていくうちに、それははっきりとしていった。
「私は、この世界の人では無いの! 違う世界の人なの! だから帰らないと…!」
焦りの混じった様子で凛は頭を左右に揺さぶる。

────本当に、貴方は元の世界に帰りたいの?

凛の頭の中に、誰かの声が流れてきた。
「え…? …何なの!? 誰よっ!?」
凛は自分の頭を押さえながら、店内をぐるぐると歩き回る。
すると次の瞬間、凛の視界が真っ暗になった。バタッ! と派手な音を立てて凛が床へと倒れこむ。
「凛!」
サイラがあわてて凛の元へと駆けつける。それにつられて他の皆も凛のほうへと駆け寄っていった。

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