フシギの世界へ

□第12話
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まだ幼い、6歳ほどの少女がいた。
漆黒の長髪に黒目勝ちな瞳、その少女には見覚えがある。
────そう、これは・・・私だわ。
そしてその少女が駆けていく先には、優しそうな表情で娘を迎える父と母の姿。
────あれは、私のお父さんとお母さん。
娘を真ん中にして、3人で手を繋ぎながら歩いていく親子。

次に出てきたのは、10歳ほどの少女。
目に涙を浮かべながら何かを叫んでいた。何を叫んでいるのかは聞き取れない。
────これも、私だわ。
その少女の正面にいる父と母は、先ほど見たような優しい表情はしていなかった。
忌々しいものでも見るような、冷たい目をしている。

────思えば、この時からだったわね。
そう、自分の我侭が出始めたこの頃からだった。父や母の態度が変わってしまったのは。

次に出てきたのは、中学生くらいの少女。
どこか諦めきった表情で両親へ頷いている。
その両親は、少女に目もくれず大きな荷物を持ち外へと出て行ってしまった。
────これは・・・お父さんとお母さんが海外へ行ったとき。

父と母が海外へ行ってしまったこの頃から、凛は一人で暮らしていた。
生活費だけは振り込んでもらっていたが、それ以外のことは全部凛一人で遣り繰りしていた。

どこか諦めた顔をしながら、幼かった頃に見た父と母の優しい表情だけを思い出して生活していた。
何の変哲も無い、寂しくつまらない日常を、冷めた顔をして淡々と過ごし続けていた。

・・・あの日が来るまでは。

おかしなメールのせいで、このへんてこりんな世界へと訪れてから、何の変哲もないつまらない日常は終わった。
サイラに会って、いろんな人に会って・・・色鮮やかな世界が広がっていった。
少し、ほんの少しだけ・・・この世界を楽しんでみようとも思ってしまうほどに。

そう思った瞬間、目の前がパァッと明るくなってきた。
闇が光に包まれていき、目覚めの時間を知らせるように。



「凛・・・凛っ!」
自分を呼ぶ声に目を開けると、そこには心配そうな顔をして自分の顔を覗き込むサイラの姿があった。
「あれ、私・・・?」
そう言って起き上がってみれば、今まで一緒にいた皆が心配そうな顔をしているのが分かった。
「凛! よかった〜、いきなり倒れたからビックリしたぞ!」
「体調はどう? 脈も心音も正常だったけれど・・・やっぱり心配したよ」
先ほどまで暗い顔をしていたフィサは、まるで太陽の光が差し込んできたかのようにパッと明るい顔になった。
落ち着いた様子に見えるイースも、かなり心配してくれていたのだろう。少し手が震えているのが分かる。
「・・・あの、さ」
ロンが挙手をして、おそるおそる口を開く。
「俺達のせい、だよな、やっぱり・・・ごめん」
ぽつり、と小さく謝罪の声が聞こえた。
「・・・馬鹿にしたりして、ごめん」
ザンも蚊の羽音のように小さな声で謝罪した。
「いいのよ。私こそいきなり怒鳴ったりして・・・心配かけて、ごめんなさい」
自分の感情がコントロールできなくなったのは、おそらく先ほど会った天使のような女性、ラリミーネのせいだろう。
けれどそれとは別次元のところで凛は罪悪感があった、だから皆に向けてきちんと謝ろう、そう思った。

「まあ、このことはちょっと置いておいて・・・」
そのイースの言葉で、皆は顔をあげる。そしてイースのほうを振り向く。
「なんだよ、何か気になることがあるのか?」
フィサの問いかけに、イースは頷いた。
「凛姉の言ったことでさ、少しね」
自分の名前が出てきたのに驚いて「え、私?」と凛は首を傾げる。
「“あのおとぎ話の主人公は、私と全くそっくりな待遇なのよ”“私は早く元の世界に帰らないといけないのよ”」
先ほどの凛の言葉をイースは復唱する、すると凛も先ほどの自分の発言に気がついて「あっ」と言葉を漏らす。
「これって・・・どういう意味なの? ・・・凛姉が少し風変わりな格好をしていることに関係があるの?」
今の凛の格好は制服。凛からすればこの世界の人のほうがおかしな格好だが、逆に言えばこの世界の人からすれば凛の格好はおかしいのだ。
「・・・隠すつもりは、無かったんだけれど」

────おかしな子だと思われて嫌われたくないけれど、嘘もついていたくない。
先ほどのように皆はカウンターへと戻る。それから凛はぽつりぽつりと今までの経緯を皆に話した。
自分がこことは違う世界で暮らしていたこと、携帯電話にきたメールによってこの世界にきてしまったこと、サイラに見つけてもらったから現在居候になっていること、そして今必死になって元の世界へ帰る方法を探していること。
────本当は、少しだけこの世界を楽しみたいって思っているけれど。
けれど、それは言わなかった。言えば混乱をまねく気がしたから。話を聞いている皆に・・・自分の心に。

凛が全てのことを話し終えてからしばらく時間が経っても、誰一人口を開くことができなかった。
重い空気がこの酒場を取り巻く。
「・・・マジ、なのか?」
しばらくすると、かろうじてザンが口を開いた。
「こんな手の込んだ話を一から考えるなんて、私にはできないわよ」
凛が俯きがちにそれに答えれば、周りの皆もしばらく考え込んでからゆっくりと頷いた。
そしてまた沈黙が続く。

「そういえばさ、明日はパーティーがあったな!」
沈黙を破ったのは、場違いなほどに明るい声を出したサイラだった。
「え、サイラ・・・?」
状況についていけず、凛はおろおろしながら周りへと視線を走らせる。
「あ、そーいえばそうだったな! 定期的にお城で開かれるパーティー! 格好良い王様にも会えるぜ!」
フィサがサイラの言葉に便乗して、手を叩きながら明るい声で頷く。
「面倒だよなあ・・・ここにいる住民は義務として参加するんだよ?」
その話しに混ざってきたのは、意外にもロンだった。微苦笑を浮かべながら、けれど少し楽しげにため息をつく。
「ダンスの披露、王への挨拶、そしてエビフライの寄付・・・これが面倒なんだよな〜。これさえなければタダ飯食うだけなのに」
ザンの言葉に凛は首を傾げた。前の二つはお城のパーティーにありがちに思えるが、最後の一つはどう考えても変だ。
「王様はね、どんな食べ物よりもエビフライが好きなんだよ。だから住民はこのパーティーのときに最低でも一人3本のエビフライを持っていかないといけないんだ」
凛の表情に気づいたのか、イースが説明をしてくれた。
「は、はぁ・・・」
お城のパーティーなんてものは、凛にとっておとぎ話にしか存在しないものだと思っていた。なのでやはり話しについていけない。
────それ以前に、エビフライ持参って・・・どんなパーティーよ!
「じゃあ、私はサイラの家で留守番しているわ」
凛がそう言うと、サイラはきょとんとした顔をする。
「何言ってるんだよ。凛も行くんだぞ」
「え、えぇ!!?」
理解不能、そういう意味合いを込めて凛は叫び声をあげた。
「この世界に踏み込んで、一日でも生活しまったからにはここの住民だ。ここの住民ということは、パーティーに参加する義務がある」
またしてもいつもの性格にそぐわないような、明るい声と意地悪そうな顔で凛をパーティーにさそうサイラ。
────あぁ、そっか。
サイラは、おそらく凛を元気づけようとしているのだ。いつもの落ち着いた性格とは正反対の明るい声を出して。
凛が少しでも笑っていられるように、楽しめるように、そう思ってくれている。
「よっし、行こうかな! パーティー! 王様にも興味があるわ」
笑顔を見せる凛を見て、サイラは誰にも分からないように小さく安堵の息を漏らした。

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