フシギの世界へ

□第17話
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「サイラ、そのエビフライ王に礼儀なんて不要だわ。この人、いきなり私のことをこの部屋に拉致したのよ」
つんとあごを突き出して、凛はマティカを睨みつける。
「君には名前で呼んでほしいと、先ほど言ったではないか・・・。エビフライ王ではなく、マティカと呼んでくれ」
凛の睨みつけを物ともせず、マティカはにこにこしながら凛に詰め寄ろうとする。
「王様、凛に何か御用があったのですか?」
さりげなく凛とマティカの間に入りながら、フィサがそう尋ねる。
「そうだねぇ・・・しいていうなら、ただ会いたかった、というところかな?」
マティカは綺麗に微笑んでみせるが、凛はその笑顔にただただ顔を顰める。



「・・・ラリミーネ様。我らをこの場に導きくださいましたこと、感謝いたします」
先ほどから扉の近くに控えていたイースが、ラリミーネの足元へと歩み寄り、そこに跪いた。

「えっ、ラリミーネってそんなに偉い人なの?」
凛は目をぱちくりと瞬かせながら、近くにいるフィサへ尋ねる。
「そりゃまあ、この国を創った女神様だし? 国の中で一番偉い人だよ。王族でも太刀打ちできないと思うぜ」

フィサの言葉を聞いて、凛はマティカが先ほどラリミーネの足元に跪いた理由がようやく分かった。
凛の質問への答えを言い終わると、フィサもラリミーネのほうを向いて跪いた。サイラもそれに倣う。マティカも先ほどと同じように跪く。


フィサが先ほどの疑問には答えてくれたが、それでも不可解なことはそれでもたくさんある。

けれど一番知りたいことは、やはりこれだ。

「私はどうすれば、元の世界に帰れるのよ?」
聞きたいことは他にもあったのだが、凛は一番気になることだけを口にした。
するとラリミーネは「しょうがない子ね」と肩をすくめる。
「しょ、しょうがないのはどっちよ!? それに、マティカもラリミーネも、おとぎ話のこととか裏設定のこととか教えてくれないし・・・」
「貴女はこう思ったはずよ? “この世界を楽しむのも悪くない”とね」
それは本当のことなので、凛は何も言い返せなかった。
しかしこれは、凛の質問の答えにはなっていない。
「しばらくはこの世界にとどまるのよ、いいわね?」
ラリミーネはそう言うと、凛のほうへと歩み寄り、人差し指で軽く額を叩いた。
「パーティーを楽しんでね、凛?」
凛の目の前はまばゆい光に覆われてゆく。
「ちょ、ちょっと!!」
そう叫んでみたが、すぐに目の前にいたラリミーネの姿は見えなくなってしまった。


*


「・・・あれ?」
気がついたら、凛は先ほどのパーティー会場へと戻ってきていた。
毛の長い絨毯も、きらきらと輝くシャンデリアも、先ほどと全く変わっていない。
「強制送還、されちゃったみたいだね」
イースはため息交じりのそう呟き、肩をすくめる。
サイラやフィサ達も凛と同じようにパーティー会場に戻ってきていた。
「強制、送還・・・」
凛はイースの言葉をおうむ返しに呟き、ワインレッドの絨毯に視線を落とし、うな垂れた。
絨毯は凛の心のわだかまりも知らずに、ただただ綺麗に光沢を放っている。

「凛・・・」
眉尻を下げ、心配そうな顔でサイラは凛の顔を覗き込む。
サイラは凛が泣いているのではないかと心配になったのだ。

しかし凛はすぐに顔をあげた。
その表情には迷子になった子供のような頼りなさはなく、何か決意のようなものすら感じられる。
「・・・凛、大丈夫か?」
それでもサイラの心配がなくなるわけではない。サイラは気遣うような視線を凛に向ける。
「ここでうじうじしていても、仕方ないわよね。もういっそ、ラリミーネの言っていた通り、この世界を楽しんでやるわよ!」
凛はにこりと笑顔を見せる。その笑顔を見て、ようやくサイラも胸をなでおろした。
「もしかしたら、この世界にいるうちにおとぎ話の裏設定のこととかも分かるようになるかもしれないわ。・・・それまでお世話になっていい、サイラ?」
その言葉にサイラは「勿論だ」と笑顔で頷いた。

「・・・なんていうかさ、凛は少し変わったな」
サイラの言葉に、凛は首を傾げる。
「そうかしら? 別にそんなに変わった部分ってないと思うけれど・・・」
大人なふりをしていても、感情が不安定ですぐに悲しくなったり苛立ったりしているあたりが、まだまだ未熟な子供のような気がする。
それは元の世界にいたころから変わらない部分だと、凛は思っている。
「いや、変わったよ。なんつーのかな・・・どっしり構えられるようになってきている気がする。少しずつ、強くなっている気がするんだ」
「サイラ・・・」
凛は信じられないという様子で、目を見張った。
「俺は嘘なんて言わないぜ? 本当にそう思ったんだ」
サイラはそっと凛の黒髪を撫ぜる。そして櫛を通すように指で髪を透いていく。
「これも嘘じゃないから・・・本当は、お前とずっとこの世界で───」

凛とサイラは向き合うような形で、互いを見つめ合う───まるで仲睦まじい恋人のように。
互いの瞳に互いの顔が映っている様に、ただただ酔っていた。
会場のワルツに耳を傾ければ、どんどんきらきらとした世界にのめり込んでいってしまいそうで───

「そこまでーっ!!」
のめり込んでいってしまいそう───な、ところだったが、フィサの声で二人は我に返った。
「サイラの悪い癖だよなーっ! 凛のことになると周り見えなくなるの、自覚してんのかっ!?」
フィサは不機嫌な様子で腕を組み、サイラのことをじろりと睨んだ。
「・・・なんで怒っているの、フィサ」
イースはフィサに、不可解なものを見るような目を向けた。

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