昼寝

□梅雨の気紛れ
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雨が止んだ。

「だから旅に出ようと思うんだ」

「はいはい、終電には気を付けてね。明日も学校なんだから」

度数の合わない老眼鏡をかけた母さんが、新聞から目を離さずにそう返してきたから、今度こそ帰ってなるものかと鞄を背負って飛び出した。
カラッと首を通り抜ける風を期待していたというのに、空気を通した喉が、あまりに湿気を多く含んだ風に咳をもらす。
太陽の姿が見えるわけでもなく、ただなんとなく、雲の奥が眩しく感じる程度。それで僕のも目を細めるには十分な閃光で、どうにも飛び出したドアから足を遠ざける気になれない。
耳に聞こえるのは風が木々を揺らす音であって欲しいのに、近くを通っている国道からの騒音が、僕の希望を打ち砕いていく。
このままではいけないと足を踏み出した直後、目の前を横切った小さな影。にゃあ、と鳴いた黒いそいつは、僕の旅路を祝福しているようには見えない。
出鼻を挫かれた感はしたけれども、それでも足はようやく動き出した。
旅の目的地は決めない。目的のない旅の方が僕は好きだ。フと帰ろうと思った時に、家に向かう。そして、母さんは心では心配しながらも、いつもと同じように笑いかけるのだ。おかえり、と。帰ろうと決めるのはいつだっていいさ。鳥が鳴いたから。朝日が綺麗だったから。風が頬を撫でたから。
考え事をしていたからか、何度か水溜まりにはまり、すでにズボンの裾は色を変えてしまっていた。
足が向かっていったのは地元の小さな駅。快速が通過したりはしないけれど、それはただこの区間が各駅だからだ。
券売機には寄らずに改札へと向かう。鞄の中にあるカードをかざせば、ピッという電子音がして、ガコンと立て付けの悪そうな改札の扉が僕だけのために開いてくれた。これは幸先が良い。今回は満足のできる旅が出来そうだな、とカードを鞄へと戻しながらホームに降りていく。
ついさっき電車が行ってしまったようで、次の電車がくるまでにはあと十数分もある。
どうやって時間を潰そうかと考えながら鞄を漁る。鞄に何を入れてきたか……と、あれ?
どこを探しても見つからない財布と携帯に首を傾げる。
屋根のない小さなホームは、さっきまで降っていた雨で濡れているとはいっても、少しずつ乾いて元の色を戻しはじめていた。そんな灰色に、黒い粒がポツンと現れた。僕の頬にもその粒が当たったところで空を見上げる。



「家に帰ろうか」



雨が降ってきた。





──ただいまー。
──あら、今回は帰ってくるの早かったわね。じゃあちょっと牛乳買ってきて。

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久々の更新がまさかのオリジ……。
学校の課題で書いたんですが、字数合わせるためにガンガン消してたら虚しくなりまして……。
途中でupしようと気づきました。
これからさらに3分の1くらい削りましたorz

(20100715)


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