朝。恋人と寄り添って眠っていた北見は、目覚ましのアラーム音で目を覚ます。長い前髪の隙間から覗く瞳が、隣で惰眠を貪る輝を捉えて、ゆっくりと愛しむように細くなる。
赤子のようにきゅっと握られた輝の手が北見の手に絡まっていたからだ。
空気すら揺らさぬように輝から指を抜いた北見は、身を起こしてベッド下に脱ぎ捨てられていた自身のコートを手に取った。
ポケットを探り、何かを掴むとぽいっとコートを遠くへやる。意外に北見はだらしない所があるようだ。
しかしそんな行儀の悪さを咎めるには、少し戸惑いを感じてしまう。北見はひどく楽しそうで、無邪気な笑みを浮かべていたから。

ゆっくり、ゆっくりと北見は輝の横に身を沈めて、相変わらず握られている輝の手を少しずつ開く。そうして紅葉のような形になった手のひらに、小さな鍵をひとつ置いた。

「輝」
「ん、」
「そろそろ起きろよ」
「うん、わかっ、て、る」

寝返りを打って、北見の胸元に頭を寄せて輝は夢現に返事をする。
北見は苦笑しながらもシーツからはみ出した輝の肩や、項や、耳に戯れるようにキスをする。くすぐったい、と輝は身じろぐが北見は構わずに唇を滑らせていく。輝の全身、外からは目立たぬ箇所には、昨晩の情事の痕が色濃く残っている。北見はその時の輝の欲に潤んだ瞳や、艶めいた声や、卑猥に濡れる下肢を思い出して、そっと息を吐いた。

あどけなく、色事に疎い輝が北見にだけ晒す事を許す痴態。その甘美さは、年齢と共に経験を積んできた北見を、少年のように高まらせ、焦がすのだ。

「頼むから、起きてくれ」
「あと五分……」
「このままだと、」

襲ってしまいそうになる。愛撫のように北見は低く囁いて、ぴくりと身を震わせつつも未だ目を閉じたままの輝の内股に指を這わせた。

「起きないのか?」
「ん、ぁ」
「……ほら、」

ゆるく反応をはじめた輝自身の先端を北見がなぞる。途端に目を見開いた輝が慌てて飛び起きた。顔を真っ赤にして睨み付ける輝を北見はベッドに寝そべったままくすくす、と笑う。

「おはよう」
「おはようじゃねーよ……、も、もうそんな体力、ないからな」
「そうなのか?」
「そうだよ! あ、あんだけしたら十分だろーが……」

輝は昨晩の存分に乱された自分を思い出して、くしゃりと乱暴に髪をかきあげた。

「……ん?」

髪に触れていない方の手の中に違和感がある。怪訝な顔をした輝は徐に手を開いていく。

「鍵? なんだこれ?」
「……なんだと思う?」

眠りにつく前、自分はこんな物を持ってはいなかった筈だ。輝は不思議そうに、尋ねるように北見に目を向けるが、彼はただ、微笑むばかり。

鍵。自転車にしては大きい。北見の車ものでもない。ましてや車などない自分のものでもない。金庫? 仮に金庫の鍵だとして、それを輝が持つ理由が分からない。一体、なんの鍵だろうか。鍵。どこかの部屋の……。

「……あ、」
「気付いたか?」
「これ、あんたの、このマンションの鍵……?」
「ご名答」

なんの変哲もない、小さな鍵。しかしながらそこに込められる意味。輝は手のひらをじ、と見つめる。
北見の部屋の鍵。こんなものを貰ってしまったら、自分は頻繁に使ってしまう。それは、確定事項だ。北見もそれを望からこそ、渡したのだろう。それに気付いた途端に気恥ずかしさと、喜びがふつふつと胸から溢れて、輝はまだ横たわったままの北見に抱きついた。
北見は、前々からひとつ寂しいと感じる事があった。
それは輝が、お邪魔します、お邪魔しました、と使う事だ。当然、輝の家は他にあり、この部屋は北見のものなのだからそれが当たり前と言えば当たり前だ。けれどその言葉が、ただいま、行ってきます、になればどんなに素敵で、幸福な事だろうかと思う。そう口にするのは、お前しか眼中にないと言うようなものだったから、鍵に託したのだ。

「北見」
「ん?」
「好き、だよ」
「……俺もだ」

今は、無理かもしれないが、いつか同じ場所が互いの家になればいい。
すり寄る輝の肩を抱きながら、北見はそんな事を考える。

「いつか、あんたと、住みたい、な」

障害は少なくはない。それでも同じ願いを二人が持つのなら、案外それは容易く叶うような気がする。

「住みたい、じゃなくて、」
「住むんだよ、って……?」
「そうだ」
「……うん」

まずはささやかな第一歩。
輝が大切に握りしめている小さな鍵は、きっと願ったままの幸せな未来に二人を繋げるのだ。


090101
一縷

アンケート激甘で北輝。
激甘かどうかは謎。久しぶりの更新です。ただいま某ホラゲにお熱なので、かなり更新が滞っていますが、閉鎖は考えていません。
今年も皆様にとって素晴らしい一年になりますように。



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