□Partner Before Valentine
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「―――もう一人の自分へ……?」

なぁにこれぇ。

黒のインクがさらりと紙を流れている。
「へ」ってことは、誰かにあげる、ってことだろう。
でもこのはしり書きは自分の字でない。
裏返したり電気に透かしてもそれ以外に言葉はなかった。
さっきの箱についてたんだろうか。
そういえばバーコードやラベルも剥がされている。
ちょっと振ってみた。
軽い音。
顔に近づけると甘いにおいがただよう。

「チョコ………?」

だよね。
さっきの商店街でもふわふわ香ってた。
………。
正直甘いものは好きだし、買い物中もお菓子屋なんかの前を通るとふらふら寄っていっちゃいそうになってて、実はすごくガマンしていた。

食べちゃっていいかなぁ……?

どうしよう。
ていうか「もうひとりの自分」てなに?
自分がもう一人いる人なんているのかな。
そんなことを考えるあいだにもチョコの匂いを思い出す。
も、だめだ。
だいたいボクのポケットに入ってたんならどこかの女の子がこっそりくれたのかも知れない。
ボクのことをまるで自分のように親身になってくれてる女の子が。
こんなチビで、泣き虫で、弱っちくて、ダメダメな奴だけど。

―――もう一人の自分か……。

そっけない真っ白なメモ用紙。
さらりと書かれた文字はまるっぽくない。
むしろ大人びた感じさえする。

どんな人だろう。
バレンタインの前日に渡すなんて。
メモ用紙に宛名を書くくらいだから、あまり細かいことは気にしないのかもしれないけど。
自分の記憶のない時に、面とむかって渡してくれたんだろうか。
ぽっかり空いた空白の時間。自分はなにをしたんだろう。
それこそ、自分がもう一人いて、自分の意識のそとで動きだしてるみたいだ。
もう一人の自分。
だとしたら、これもその人からの贈り物かもしれない。

「なんて。ないよなー」

なんとなくだけど、女の子ってのはないだろうし。
そしたら男からってことになるし。
ボクにそんな趣味ないもん。
ていうかなに真面目にこんなこと考えてるんだ。ついに頭やられちゃった?
でも、もし、万が一、もう一人なんてそんな存在がいて、わざわざこのチョコくれたんなら、けっこう律儀だ。

あのチラシになんて書いてあったっけ。


もう一度たしかめようとして、下の階から声がしてきた。
夕ご飯のことわすれてた。
はーいと返事をして急いで着替える。
階段を下りるごとにやっぱり腰が痛んだ。
結局チョコも食べそこねている。
まぁいっか。
ご飯の後のデザートだ。
チラシも見ようとしてたけど、なんだっけ。たしか

「届けたい想いをチョコに……大切な人にあてる………」

そんなのだった。
よく見るような文だ。

―――………大切な人。

あの贈り主も自分をそう思ってくれたんだろうか。
なんだか気恥ずかしい気持ちがする。
思わずパズルを抱き抱えた。
頬にあてるとやっぱり冷たい。
けど気持ちいい。

誰かが自分のことを「もう一人」だと感じてくれている。
ありえないことだと思いながらも、くすぐったい感情が胸の真ん中にとろとろと流れ込む。

あのチョコはどんな味がするんだろう。

甘ったるいのかな。大人びた字を書く人だから少し苦いやつかもしれない。それもいい。
口に入れた瞬間溶けさってしまうだろうか。それとも何度も噛み締めて味わうだろうか。
どんなのでも、その味が自分にとってかけがえのないものになるだろうことは確かだ。腰の痛みが現実だと自分に教えてくれる証のようで、それさえも嬉しかった。


誰かわからないけれど、ホワイトデーにはお返ししなきゃな。

浮かれてる。
こんなの初めてだからだ。
メッセージカードを付けてみようか。
そういうのこだわらなさそうだけど。
「誰かさんへ」なんて嫌だから、ちゃんと書いて、あげよう。


『もう一人のボクへ』


あのチョコのにおいがよみがえる。
包み込むやさしさが自分を暖かくさせる。
チョコの冷たさを自分の熱が溶かしてしまうかもしれないと、遊戯は思う。
胸元に光るパズル。
キラキラと輝く、そのかけらのように。



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