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□その距離を
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隆也とそういう関係になってから、もう随分経つ。
お互いにやることがそれなりにあって、実際に共有した時間は少ないように思うけれど、変に馴れ合ったりする関係をあいつも俺も疎ましく思っている節があったので、別段困ったことにはなっていない。今のところ。

野球少年だから、というと隆也はほとんど反射神経でそれやめてくださいって言うけど、俺にしたらやっぱり隆也は野球少年らしく妙に律義で時々すごく驚かされる。
こないだなんか部活の練習が長引いたとか言って電話くれて、一応会う約束はしてたけど俺は別に今度でいいかと思って、いいよまた今度なって言おうとしたのに、

「すいません、今、いっそいで向かってるんで、あ、アンタの家っすけど、おうお疲れ、あー、とりあえずまた連絡します」

だって。
俺は呆気にとられて、それからすぐに家を飛び出した。誇張表現なんかじゃない。
今すぐあいつを抱きしめてやりたい。今日は道の真ん中でキスしてやるって一人で勝手に誓った。


隆也はどうか知らないけれど、俺はもとから男が好きって訳じゃあない。
色恋沙汰に興味があったわけでも、独りが寂しかった訳でもなく、ただ、隆也に出会って隆也を知って、もっともっと深いとこまでって、そうやって段々と距離が近づいて、今の関係に至る。

隆也のボーダーラインはいくつも張り巡らされていた。
目を見て話すから始まって、二人きりでいられる、手をつなぎ、キスするまで。
俺はなるべく綺麗にそれらを壊そうと努めた。
傷付かないように、後悔しない、させないように、ゆっくりゆっくり時間を懸けて。
お陰で今では気軽に、とまではいかずとも、控え目なデートのお誘いなんかもくれたりする。

男に使うには違和感があるが、それでも俺は隆也を抱きしめる度に心の中で何度も言う。
可愛い可愛い愛しい愛しい。
好きだ好きだ愛してる。

正面切っての愛の告白にあいつはまだ慣れてないみたいで、照れ隠しに思いっきり眉を潜めたりするから、それさえも可愛いって思うのに、今のところは苦笑いで頭を撫でることで1パーセントくらいは伝わっていて欲しいと願うにとどまっている。

「…何考えてんスか」
「ん?俺とお前の明るい未来について?」
「クエスチョンマークつけられても…」

隆也はいぶかしげに俺を見て、それよりここわかりませんとシャーペンで問題集をたんたんとついた。
製図用のそれは俺が少し前にお勧めしたやつだった。
なんかもう、こうやって二人でいるときでさえこいつのことを一生懸命考えてる俺って末期かもとか思う。

「何科なんだろう…」
「は?」

今度こそ呆れたように溜め息をついた隆也に、俺はにっこり笑ってキスしてやる。
数秒後には真っ赤になって抗議する恋人の姿を想像して、唇を当てる角度を変えながら、俺はどうやって言い訳しようかと考えている。

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