novel
□吟遊白書
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言霊――言葉の持つ不思議な霊力。つまり魂を宿した言葉だ。
精霊や妖精たちにとっては、言霊こそ世界のルールであった。人間にとっては何てことない口約束も、彼らの間では魂が宿り絶対≠フ約束となる。――そう、彼らと交わした言葉は、ただで覆す事が叶わないのだ。
そうしてまんまと言霊を交わしてしまった人間と精の仲介役になろうと、世界には数少ない、言霊師≠ェ存在した――。
清々しい朝だった。十月の陽光が山奥であるこの家にもはっきりと差し込んでくる。
俺はいつも通りの時間に起床すれば、適当に洗顔を済ませて水を飲む。そして朝食の準備を始める。なんの狂いもない、いつもの朝だ。
俺の名前は粗止政(あらしつかさ)。二十四歳。春に大学を卒業して、いまはここに住み込みで働いている。働いているといっても、こうして雇い主である言霊師、若槻結衣(わかつきゆえ)の助手兼、彼女の為に家事を行うだけの……いわゆる家政夫のような扱いなのだが。――それでも、俺だから雇われたって理由も少なからずは……ある。
魚が焼けた。結衣は料理の味と見た目にはこの上なくうるさい。それも、自分は出来ないくせに、だ。
箸で魚をつまむと、焦げ目がないか入念に確認する。うん、問題ない。いつもと同じ、ばっちり焼けている。それと同時に釜も泡を吹いた。白米も一級品だし、さらに釜炊きしたものしか、結衣は食べないのだ。