novel
□吟遊白書
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当の結衣は、台所から扉一枚隔てた先にある、浴室にいるはずだ。俺がこういった一連の動作を日課としているように、結衣も朝一でシャワーを浴びるのが日課だった。
食卓に完成したばかりの料理を飾る。焼き魚とお漬物、炊きたてご飯に半熟卵、そしてあさりのお味噌汁を綺麗に並べれば、準備OK。後は使った器具を片付けて、脱衣所へ結衣の着替えを持って行けば完璧だ。
一度掛け時計に目をやった。時間もいつもと変わらない。問題なしと踵を返して、再び調理代へ向かおうとした、その時――。
「アラシ」
ふと呼ばれた、透き通るくらい綺麗な声に、俺は固まる。おかしい。いつも通りなら結衣はまだ入浴時間を満喫しているはずだ。だけど今自分を呼んだのは、聞き間違えるはずもない、確かに彼女の声だった。
おそるおそる、といった表現が正しいのだろうか。俺はゆっくりと振り返る。顔を向けた先では、やはり結衣が丸い目を無表情に開いたままこちらを見ていた。出しっぱなしな水の流れる音だけが、いやに響く。俺は結衣のつむじからつま先まで眺め、全部見終わってから焦って数歩後ろに下がった。