零式文章
□抱きしめる腕、響く歌声
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記憶から、彼の存在を消させてなるものか。
『抱きしめる腕、響く歌声』
エースの体は、自分の体に比べてかなり華奢だ。
「なんか筋肉が付きにくいんだよな。結局身長もあまり伸びなかったし…。」
こればっかりは体質やら遺伝とかの問題だから、仕方がない事なのだけど…。
身長と筋肉を少し寄越せと、俺の体を恨めしそうに彼が見ていたのはつい最近の事だ。
「…ナイン、どうした?」
「別に。」
エースの体は、抱きしめれば折れてしまいそうだといつも思う。そして全てから守りたい、とも。
エースの強さは一緒に戦っているから良く知っているし、そんな事を言おうものなら怒られるだろう。最悪、殴られるかもしれない。
僕を馬鹿にしているのか?と…―。
「本当に、どうしたんだ?」
「何でもねぇってば!」
いきなり俺に抱きしめられたエースは、凄く不満そうだ。
しかし、すぐに彼はため息をつくと力を抜いた。どうやら、好きにさせてくれるつもりらしい。
それに甘えて、エースを力一杯抱きしめる。痛いよという文句が彼からあったが、でもそれ以上にはなかった。
「今日は甘えん坊だな、ナイン。」
「うるせぇ。」
ただただ、失いたくないと思う。
戦争中な訳だし、人が死ぬ事は珍しい事ではない。親や兄弟、恋人を失った奴はごまんといるのは分かっている。
でも、失いたくはない。
「ハイハイ、煩い奴ですみませんねぇ。」
「俺を馬鹿にしてるのか?喧嘩なら買うぞ、コラァ。」
大怪我をしても、戦闘不能に陥っても、マザーの所に戻ればとりあえず治してもらえる。
でも、もし仮にマザーの手に負えないぐらいの怪我を負ってしまったら?マザーの所に戻る前に力尽きてしまったら?
浮かぶのは、悪いモノばかりだ。
「なんなら、歌でも唄おうか?甘えん坊のナイン。」
「だから喧嘩売ってるなら買うぞ、コラァ。」
喧嘩を売ってるつもりはないよと、笑いながら俺の背中をポンポンと軽く叩くエース。
彼は、この頃怪我をする事が多くなった。軽いモノから生死をさ迷うような重いモノまで。彼が怪我を負うたびに、いつか彼の存在が記憶から消滅する日が来るのではないかとヒヤヒヤする。
彼が自分の側からいなくなるのは駄目だ。絶対に許さない。
「しょうがねぇ。次のミッションは、テメェは俺の後ろから魔法でも放ってろ。」
「何がしょうがないんだよ。本当、おかしな奴。」
エースの歌声が響く。
唄うのは、いつもの歌。マザーがよく唄っていた、あの歌。
懐かしい旋律を聞きながら、彼が何処にも行ってしまわないように、抱きしめる腕に更に力を込めた。
「…少し力を緩めてくれないか、ナイン。いい加減、耐えられなくなってきたんだけど。」
「訓練が足りねぇんじゃねぇのか、オイ。もう少し体を鍛えろ。」
【終】
ただエースを唄わせたかったとか、そんな事はこれっぽっちも思ってないよ!(笑)