零式文章その3

□触らないでくれ!
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それは予想以上に僕の日常生活に組み込まれてしまっていたから、気付いた時には全てがもう手遅れだったんだ。


『触らないでくれ!』


僕等はマザーの子供だ。

アギト候補生だから朱雀の為に戦っているのではなくて、マザーがそれを望むから戦っているにすぎない。マザーが望まなかったら、きっと候補生にもなっていなかっただろう。
僕等にとってはマザーこそが全てであり、生きていく理由だ(だってマザーがそうありなさいと言ったのだから、これは絶対だ)。それは何があっても揺らぐ事はないし、そうゆうものだと皆信じていた。そして僕も。

だからこそ。

「私は、どうやらお前の事が好きらしい。」

優しく笑いながらそんな事を言う隊長を、拒絶したりしなかった。

「好きとか嫌いとか、僕はそうゆうのはよく分からない。けれど、その、嬉しい様な気がする…。」

こうやって家族ではない誰かに告白された経験ってほとんどないから、こうゆう場合どう反応してよいか分からない。
けれど、隊長に告白されて嫌な気はしなかったから、その時は深く考えずに返事をしてしまった。これぐらいで僕に何か変化が起こるとは思っていなかったし。

「言っとくけど、僕はマザーが一番なんだからな!マザーがアンタを切り捨てろと言ったら、何の躊躇いもなく切り捨てるからな。」

「それでもかまわんさ。君達とドクターアレシアとの間には、特別で強固な絆がある事ぐらい私は理解しているつもりだ。」

私の気持ちを否定せずに受け止めてくれた事を、とても嬉しく思う。

だから隊長に抱きしめられても、そこさえ分かってれば良いと特に何も言わなかった。

「マザーに迷惑かけたら、容赦なく叩っ斬るからな。」

「…善処しよう。」

これでもし否定してしまって隊長とのギクシャクして、これからの任務に影響が出てしまったら。それでマザーに迷惑をかけるかもしれない事を考えれば、隊長と付き合う事なんて些細な事だ。

「隊長は、僕を抱きたいとか思わないのか?」

「なんだ、エースは私に抱かれたいのか?」

「そんな訳ないだろう!…ま、隊長が僕に抱かれたいっていうなら少しぐらいなら考えてあげなくもないけど?」

「なら、今はこれで良いじゃないか。そんな焦っても、お前との関係でいい結果は生まれないだろうしな。」

隊長が即座に僕と肉体的な関係を結びたがったら、流石にそれはと殴るつもりではいた。けれど隊長はそうではないらしい。彼と付き合う前と後で変わった事といえば、一緒にいる時間が増えた事ぐらいだ。あと、頭をよく撫でられる様になったぐらいか?隊長は僕の頭を撫でる感触が好きなんだそうだ。
あ、そういえば、トンベリと一緒にいる時間も増えたな。隊長が忙しい時に、僕に変な虫が付かないようにってトンベリを見張りとして置いていくから。最初は変な事をするなよと思っていたけど、今はもう馴れた。

そんなある日。

デュースと教室で次の授業の予習を一緒にしていた時、

「なんかエースさんって、クラサメ隊長の話をする時とても幸せそうな顔をしてますよね。」

「そう、かな?僕にはよく分からないよ。」

それは他愛もない話のはずだった。

自分の顔なんて鏡がないと見れないから分からないと言うと、本当に幸せそうな顔をしてますよとデュースは笑った。

「なんか、マザーの話をする時よりも幸せそうな顔してます。」

「…っ!?」

足元がガラガラと崩れていく気がした。

デュースの話を信じるなら、僕はマザーといるより隊長といる方が幸せを感じるようになっているという事だ。
即座にそんな馬鹿なと否定出来れば良かったのだけれども、僕には否定出来る様な要素がなかった。あったのはデュースが決して嘘をつくような子ではないという、それが事実である事を示すモノしかなくて。

僕等はマザーが一番でなければならないのに、僕の中でそれが揺らいできてしまっているというのか?

「…すまない。ちょっと、用事を思い出した。」

「…?そうなんですか?じゃあ、いってらっしゃい。」

その場にいるのが辛くて、フラフラと教室を出た。デュースが不思議そうな顔をしていたが、構っている余裕など僕にはなかった。

「……。」

教室を出たものの、どうしてよいか分からなくて。自分の部屋に戻ってもよかったのだが、一人になると余計にグルグルと考えてしまいそうだった。

「クェ〜。」

「うん、チョコボはいつも可愛いな。」

そうなると、自然と足が向かうのはチョコボ牧場しかなくて。
スリスリと頭を擦りつけてくるチョコボに抱き着きながら、僕はハァとため息をついた。

「僕の中でマザーが一番だっていうのが少しでも揺らいでいるって知ったら、マザーは何ていうのだろう…?」

許してくれるだろうか?それとも私との約束を破るなんて悪い子ねって怒られるのだろうか?

もしこれでマザーが一生僕と口を聞いてくれなくなったらと思うと、僕は、僕は…っ!!

「それもこれも、全部隊長が悪いんだ!僕は悪くない!!」

「…私がどうした?」

「ギャアアアア!!!」

いきなり声をかけられて驚いた僕は、思わず悲鳴を上げてしまった。

何をしているんだと隊長が呆れながら更に声をかけてきたが、それよりももっと重要な事があった。
僕が悲鳴をあげたせいで、側にいたチョコボが驚いて全身の羽を逆立てて固まってしまったのだ。

「ごめんよ、驚いたよな。驚かせるつもりはなかったんだけど、本当にごめん!」

僕は慌てて、謝りながら逆立った羽を撫でて直そうとした。しかし、上手くいかない。

「本当、何をしているんだか…。」

「うるさい!チョコボは意外とデリケートな生物なんだそ!?それなのに僕は、僕は…。」

「銃弾が飛び交う戦場を駆け抜けるチョコボが、それぐらいでどうこうなる訳ないだろう。気にしすぎだ。」

隊長がため息をついていたが、無視だ無視。それよりもチョコボの方が重要だ。うん。

必死に撫でてチョコボの羽を綺麗にしてあげようとしたが、なかなか元に戻ってくれない。どうしようかと慌てていたら、隊長がまたため息をついた。

「そんなに慌てていては、直るものも直らんだろうに…。少しどきなさい。」

「チョコボを気遣えない隊長には、きっと直せるはずが…な…い…。」

予想に反して隊長は、チョコボの逆立った羽をあっという間に直してしまった。なんでだ。

「…あ、あれだろ。隊長は手袋にブラシとか付けてるんだろ?きっとそうだ!」

「チョコボ牧場に毎日来る訳ではない私が、何故チョコボの羽を直す為のブラシを手袋に付けねばならんのだ。チョコボの羽は手でも簡単に整えてやる事が出来るのは、お前だって知っているだろう?」

「…っ!!」

慌てすぎっ隊長にポンポンと頭を軽く叩かれた時、それにムッとしながらもどこかホッとしている自分がいて。そこで僕ははたと気が付いた。

そうだ、きっとコレがいけないんだ。

「…僕に触るな!」

気付いたら、隊長の手を払いのけていた。
それに驚いたのか、目を見開いている隊長をキッと睨む。

「いきなりどうした。」

「その手がいけないんだ!その手が悪いんだ、きっとそうだ!!」

「…?」

手?と自分の手を見ながら首を傾げる隊長に、僕は悪くないんだからな!とだけ返した。

「話が読めないんだが…。」

「僕等はマザーが一番じゃなきゃいけないんだ!マザーがそう言ったんだから、そうじゃなきゃいけないんだ。それなのに、それなのに…。それを揺るがそうとするな!これでマザーに嫌われたらどうしてくれるだ、馬鹿ぁ!!」

「…それは、光栄な事だな。」

どこか嬉しそうな反応を示す隊長に、嬉しそうにするな!と怒った。すると直ぐにすまないと返ってきた。謝ってはくれたものの、やはり隊長は嬉しそうにしていて。凄くムカつく。

そうだ、隊長の手が悪いんだ。きっと触れると何かしらの魔法が発動するようになっているに違いない。でなければ、なんで隊長に頭を撫でられたぐらいでイライラしているのが収まったり、ホッとしたり、こうもドキドキするのかが説明出来ない。

「とにかく、これから一切僕に触れるな。触れたら別れるからな、隊長。」

「どこがどうなってとにかくに繋がったのかは理解に苦しむが、とりあえず分かったという事にしておく。」

「僕は本気だからな!絶対に僕に触れるな!!」

「…ま、お前がどこまで耐えられるか見物だな。」

そこまで言うなら、耐え抜いてみせろ。

ニヤニヤと笑いながらそんな事を言う隊長に、馬鹿にするな!とムッとしながら返す僕は、なんでこんなに隊長が余裕な態度を示しているかなんて考える余裕なんてなかった。子供扱いされたと凄くイライラしていたからな。…ま、10も年が離れていたら子供も同じなのかもしれないけれど。

だから、この時の僕は全く予想してなかったよ。

「あの、その…。僕も、撫でて欲しい…。」

触るなと言ったその日から、僕の目の前でこれみよがしにトンベリを撫でまくる隊長。それに耐え切れなくなって、自分から撫でて欲しいと言う日がくる事なんて。

【終】

ツィッターでのお題「お願いだから触らないで」を元に妄想してたはずなのに、気が付いたらこんなんになってた。

こんなつもりじゃなかったのに…。でも、楽しかった(笑)

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