創作小説
□血と才と居場所
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「あー疲れたー死ぬぅー…」
「お疲れさま」
「じじいの顔ばっか見て疲れた…
このままじゃ俺まで年寄り臭くなっちまう」
今朝執り行われた就任の儀式が終わった後、普段顔をあわさない為政者たちや遠方から出向いた同盟国の使者たちへの挨拶回りに出回っていた露草は疲れ切っていた。
もうとうの昔に陽は沈んでしまった。
まさに精も根も尽き果てた露草はようやく解放されると、そのまま辰怜の私室までやってきて倒れこんだ。
もちろん露草の私室もあるのだが、「辰怜の顔を見て癒されたかった」などというよくわからない理由と、
「もう一歩も動けない」と言って懇願してくる姿に、辰怜はなんとか溜息を飲み込んだ。
別に今まで露草を癒した覚えはない…と思う。
暗くなった部屋から蝋燭を探し出して何とか火を灯し、戸棚から茶の入った筒を出す。
とりあえずは、今日一日頑張った同僚に茶ぐらいはふるまってやってもいいだろう。
茶の準備を始めた辰怜の姿に気づいた露草は、顔をほころばせた。
「やっぱり辰怜は優しいなぁ。俺、辰怜がいれば何でも頑張れる気がする」
「…言っとくけど、これ以上は何も出さないからな」
「なんか最近冷たいな」
「気のせいだ」
「可愛くねぇ…」
努めて慣れない言い回しを使う辰怜の言葉は、前の露草の一件の時と比べて固い。
この一週間何とか男らしく、と気にかけて訓練を積んだたまもの…というべきなのか。
ぶすっとむくれた露草の姿に今度は盛大に溜息をつきながらそっとあたたかい茶を差し出す。
大きなお世話だ、と口を尖らせた辰怜を今度は露草が笑った。
しばし湯呑に手を添えながら蝋燭の火を見つめていた辰怜は、はっとした。
露草の顔を見たら思わず思い出してしまったのだ。
彼と常に険悪な空気を醸し出すもう一人の少年のことを。
「露草!槍恣が見当たらないんだ。知らない…か?」
「槍恣…?あいつ!俺の就任の儀に欠席してやっがたよな!うぜぇー」
名前を聞いただけでここまで渋い顔ができる関係も珍しいだろう。
おそらく槍恣に聞いても同じような反応が返ってくるだろうが。
そこで、ん?と露草は首をかしげた。
「でも儀式自体は昼前には終わっていただろ?それから一回も見てねえのか?」
「部屋にも道場にもいない。城下町に行ったのか…?
でも槍恣は勝手に城の外に出るとは思えないし」
「槍恣は…って、誰と比べているんだよ?」
「……」
まだ五大神としての地位を確立したわけではない辰怜たちだが、国とその中枢であるこの城を守る彼らの責任は大きい。
万が一の時に五大神の所在がわからないなどといった事態が起こらないために、城を離れるときは簡単な手続きをする。
船虫やその側近である玲瓏が必ず事態を把握しておくためだ。
しかし今回はそういった記録が残っていない。
「さっき悪いとは思ったけど部屋に行ってみたんだ。もちろん誰もいなかったけど…」
「なにかあったのか?」
「…血の染み込んだ包帯が。血の量からみると結構重傷だった、と思う。」
「………知らね」
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