07/13の日記

17:00
忍たま小噺
---------------
空がこんなに青かったっけと、投げ飛ばされて仰ぎ見た時に気付いた。
ぐるぐるする感覚に名前の付けようもなく、ただただこのままだと危ないという漠然としたものしかなく。この感覚が暴走してしまえば手近にある存在を容赦なく己は傷つけるのだろうと安易にわかってしまい、かといって解消する手立てなどなく、委員会を迎えてしまった。
「…先輩?」
始めに気付いたのは孫兵だった。あぁ、この子は敏いから、と何事も無いように振舞おうとしたが何かが鎌首をもたげると同時にジュンコが威嚇を始める。
「ジュンコ…!?」
おそらく今の己はぎらぎらとした目で辺りを見渡し獲物を見定める獣なのだろう、一年生が息を呑むのがわかった。
「竹谷」
水面に石を投じたように、波紋を広げる声が遠くなりかけた意識へ直に響く。己の背後から聞こえたそれに、視線を向ければいつもの、なんの変哲も無い表情と空気をまとったその人がいた。
「その子らに手をかければお前が悔やむよ」
中心に捉えた刹那、その人以外の世界が廃ったかのような錯覚を覚える。
「三治郎、どい呼んで来い」
「は、はい!」
「全員固まってろ、まき添いくらうから」
言い終わるか否か、気付けば己はその人に向けて飛んでいた。不意をついたはずなのにひょいと避けられる。更に言うなら横から蹴りを入れられ、後輩達と一層距離が伸びた。
「息吹いたとしても、お前はそれに耐えきれはしない」
「何が、」
「殻を破る前の段階で呑まれかかっているのに、息吹かせてどうする、さっさと俺に寄越せ、竹谷」
軽くみえる一撃一撃が、思った以上に重い。其れに加えて速さまであれば避けるか防ぐかしか己に選択肢が無く、成されるがままに踏ん張れば地面を軽く抉っていった。
「何をしている!」
別の声がする。あぁ誰だっけ…誰だ?黒い、黒い衣の…。
「…竹谷?」
「このままだと竹谷が壊れる」
「……どうにかできるのか」
「…怒らないか?」
「………手段による」
「むぅ」
困ったように眉根を寄せるが、今の己の視界にはその人しか映っていない。何故だか惹かれる。まるで喰らわなければならないように、枯渇した何かが訴えかけてくる。
「怪我とか、そういった強行手段じゃない」
「…そうか」
「でも、それをするとどいが怒る」
「どうして私が」
「それ以外に俺が知る方法は殺す事だけだ」
ぱっとその人の頬から血が舞う。携帯していた苦無の狙いは首だったのに、交わされて頬を浅く裂いただけだった。それでも、伝う紅に血が否応にも滾るのが手にとるように分かる。嗚呼、己は一体どうしたというのだろうか。
「殺し以外でやれるものならやれ」
「わかった。その子ら寄せないようにな」
途端、空気が豹変した。今までのやり取りが戯れのように、確実に己の肩へ足へ腕へ衝撃を与え始める。鳩尾に何回か蹴りが入れられたのはわかった。その影響で目の前が霞むが倒れるわけにはいかない、この人を喰らわなければ。
「俺を喰らおうなんざ思わんことだ、竹谷」
世界がぶれて気付けば地面を横滑りに滑って倒れていた。頭がぐらぐらする、遠慮なしに蹴られたのが響いているのだろう、立とうにも力が入らず浅い呼吸しかできない。
「獣になるか?」
ひゅうひゅうと漏れる息はまるで手負いの獣のようだと、他人事のように思えた。うつ伏せていた体躯を仰向けにされ、その人が馬乗りになる。細い首が視界に入り、思わず噛み付こうとすれば額に添えられた手で叩きつけられた。ぐらぐらする。
「引き取ってやるから、大人しくしろ」
ろくに判断も出来ず、指先にすら力も入らない。胸倉を捕まれて、あぁ終わるのかと何処か場違いな考えが過ぎる。走馬灯とはこのことかと、今までの記憶が一瞬で駆け巡った。
「噛むなよ」
その人の息遣いが間近に感じられて、一体何を、と気付けば目の前にその人の顔があり…何かが己に触れた。
「あ、」
誰の声かわからないが、間違いなく誰かの声が己の耳に届いた。酒の酔いが醒めていくように、休息に世界が色づき始める。口内を伝う何かと、小さな飴玉のようなものが掬い取られる感覚。
「 ふ、」
ゆっくりと離れるつばくらさんの顔が、はっきりと見えた。未だに感触が残っている。あれ?もしかして今の…。行き着いた考えに、まさかと思いながらも顔に熱が急激に集まるのが分かった。
「……つ、つばくらさ ん?」
「うん?どうした、竹谷」
「どうした…って、 え? …えぇ?!いいいいいま!!」
「つばくらさんとちゅーしてましたよ、竹谷先輩」
「いいいいいいいうな三治郎ぉおおぉおおお!!!!」
そうなのかそうなのかやっぱりそうなのか!!接吻なんてそんな照れるようなもんじゃないのに何故だか凄く恥ずかしい。相手がつばくらさんだからか?いやそれにしたって当のつばくらさんは平然としすぎだろ!俺だけこんな焦って…生娘じゃあるまいし。
「だってほら土井先生の顔が」
「怒った…」
「つばくら」
「は、はい…」
「後で、な?」
拒否すらさせないほどの凄みを利かせた笑顔の土井先生がいるのならば己は相当危ない橋を渡ったらしい。まぁ恋仲の相手が他の男と接吻したなんて(あぁそういえば舌も入ったな)本来なら俺が殺されてもおかしくないかもしれない。
「ど、どい…」
「それしか方法が無かったんだろう…」
と言うやそのまま土井先生とつばくらさんの距離が、零になった。
「………な ッ!!」
「腹いせだ、竹谷」
「はッ はい!」
不意に呼ばれて本気でびくつく。土井先生の顔が、教師から男の顔に変わっているのが…相当頭にきている証拠だろう。
「次は無いと思え」
「肝に…銘じときます…」
天国と地獄を一気に味わったような気がする。
「ごめんな?竹谷」
「え? あ、いいいいえ!!そんな!!おおおれのほうこそ」
密かに想ってる人と事故とはいえ接吻したなんて、しばらくこの件で顔がにやけるかもしれない。いや、もうにやけが止まらないかもしれない…と先のことを思って少し憂鬱になった。

竹谷と一戦交えたかったのと、土井先生が大っぴらに嫉妬っていうのを…って思ったらこうなった。何故こうなった←

前へ|次へ

日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ