10/27の日記

16:07
戦BA小噺
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※微妙に史実を混ぜた大阪の陣以降話。

随分、儚いものだなと見上げた先には城が鎮座していた。移ろいゆく天下人の称号も一時は定着しつつあったがそれも呆気なく覆され、今こうして江戸の町が栄えている。
「平穏なもんだな」
あの頃より伸びた髪は風に遊ばれながら揺れる。気紛れにこうして回れるのもそろそろ終わりになるだろう。いい加減身の振り方を考えねばならなくなったのだから。以前付き添っていた従者達も本来の職に落ち着き、今、己に付き添っているのは長のみだ。城下町は活気付いている。依然起こった関ヶ原も、大阪の陣も、昔々のことのような印象を受けるぐらい。
さようなら・と先に告げて別れたのは此方だというのに。
「何年ぶりですかね、佐助さん」
「いや〜まさかこんな所で、ねぇ」
人通りの少ない路地へと足を踏み入れて完全に人通りが絶たれたところで声をかければ頭上から慣れ親しんだ声が降ってきた。あの頃と違う点といえば服装ぐらいだろうか。外見としては差異がさほど感じられない。
「いい女になったもんだ、ほんと」
「ありがとうございます」
「ちょっとお茶でもどう?色々聞きたいことがあるんだけど」
「そうですね、俺も色々と聞きたいです」
旅人を模した服を纏っている佐助さんの傍らを歩きながらあの頃を思い起こす。そういえば忍である彼とこうして並んで歩くこと自体珍しいことだなと、些か落ち着いた髪色になったと見上げていればどしたの?と声をかけられる。
「佐助さんは、あんまり変わりませんね」
「そう?最近俺様も年だなーとか実感し始めたとこなんだけど」
「変わらないことが、いいというわけじゃないんですよ。ただ、あの頃は、眩しかったなーって」
「…そうだねぇ」
彼の仕えていた主はいない。
乱世と言われながらもあの頃はみな生き生きとしていたようだと思う。確かに戦の無いことが一番だとは思うけれど、今とは違う輝きがあったんだなと、過ぎ去った時につい思いをはせてしまった。
「今、どうしてるの?」
適当な茶屋へ入り、注文の品が来たところで佐助さんが切り出してきた。実家にいますよ、と茶を啜りながら答えれば似たようなもんだねと返された。
「今日、佐助さんに会えてよかったな」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「こうやって人街へ出てくるのもこれが最後だろうから」
「…最後?」
「いい加減、身の振りを決めないとって」
いつまでも実家にいるわけにもいかないし、かと言って祖父のもとへ身を寄せるわけにもいかない。姉らは嫁いでいったし、二番目の兄も既に身を固めて長兄を支えている。兄弟内で残ったのは己だけなのだ。先が決まっていないのは。
「縁談でも持ち上がってるの?」
「いいえ、全部突っぱねました」
「なんだか勿体ないなぁ、引く手数多だったんじゃないの?」
「そこまでありませんよ。で、佐助さんはどうしてるんですか?」
「んー俺様は里で若手の育成かな?もう戦なんて早々ないだろうからね、忍も退屈してるんだよ」
苦笑しつつも出てきた茶請けを口に運ぶ様は、おそらく久しぶりに再会した人たちという風には見てとれるだろう。ちらほらと店内にある人影に悟られないように注意を払っている辺り、お互い癖が抜けないなと笑い飛ばす。こういったやり取りは本当に久しぶりだなと、湯呑を傾けながら懐かしさがこみ上げてきた。
その内あの人がかけてくるんじゃないかと、変に期待している己がいることに気付かされる。
「旦那がね、来るんじゃないかって。思っちゃうんだよね、全く長年染み付いた習慣っていうか何ていうか…もう困っちゃうよね」
寂しさを微かに覗かせながら佐助さんは苦笑するが、それは此方も同じで。あぁやっぱり彼もそうなのかと、鼻の奥がツンとした。
「穏やかでしたね」
「ん?」
「源次郎。穏やかな、顔でしたね」
「…会ったの?」
「会いにいきました。で、別れてきました。筆頭と小十郎さんに亡骸はお願いして、佐助さんも、会ったでしょう?」
「あれ、は…君が……?」
喧騒が遠くに聞こえる。
あの時のことは今でも鮮明に思い起こすことが出来て、息が詰まりそうになるが、佐助さんには伝えなければならない事だ。先に別れを告げたのは己の方なのに、先に逝ってしまったのは彼の方だった。そのまま別れて時折耳にする近況で様子を知り、あの日無理をして逢いに行ったんだったと。
「あれからもう数年経ったのに、なかなか吹っ切れないものですね」
「…そうだね」
記憶の中の彼はいつだって感情豊かにいる。ころころと変わる表情に、いつも癒されていたのは己の方だったのに。縋っているのを自覚しているのにそれを止める術を知らない振りをして、認めたくないままに今に至ってしまった。
「これから、どうするつもり?」
「…佐助さんは、里へ戻るんですか?」
「一応は、ね。本当は、今日誰にも会わなければ…ひと泡吹かせに行こうかと思ってたんだけど」
「徳川へですか」
あーバレてた?といたずらが成功したような子の顔に佐助さんがなる。だけど、口にしたからには本気で実行する気だったのだろう。どこか残念そうな、寂しそうなものを滲ませている。
「もし、」
「ん?」
「もし、一緒に来ませんかって誘ったら、どうします?」
「…本気で言ってんの?」
例えばとしてです、と念を入れても探ることをやめないのはやっぱり忍なんだなと再認するほど。単なる提案だったのだが、彼への忠誠が未だ残っていることを垣間見せるには充分過ぎた(縁談は全部蹴ったとさっき言ったばかりなのに)
「従者としてですけど」
「え、雇ってくれんの?」
「とはいっても薄給です」
「魅力的な話だな〜もう里にいてもなんか落ち着かなくてね。こう、変わり映えのある生活に慣れちゃってたのかな?」
「じゃあ丁度いいですね、どうでしょう?従者として、色々と頼まれてくれませんか?」
「色々ってのが気になるけど、俺様個人としては大歓迎だよ」
個人とつけたのはおそらく里の意向があるからだろう。さて、どうやって里の方をつけるか…その辺りはちょっと家名を出させてもらおう(ちゃんと当主である長兄の許可を得て)上手くいけば里と佐助さんを切り離せるかもしれない。
「従者って、どこか行くの?」
「神宮へ。前々から話があったんですけど、受け入れかねてずっと先延ばしにしてたんです…で、今日佐助さんと会って、決心つきました」
「…へ?神宮って」
「伊勢です。たぶん、数年したら出雲にも行かないといけないんですが…大丈夫ですか?」
「うん、それはどうってことないんだけど…なんで、伊勢や出雲へ?」
「そんな御家柄なんです。その辺りはまた後ほど事細かに詳しく説明しますから」
お家事情を一体どこから話すべきなのか判断しかねないので先送りにし、とりあえず佐助さんを雇う(というべきなのだろうか)事に成功したのは間違いないようだ。ともあれ佐助さんなら大丈夫だろう、面倒見がいいし。
「佐助さん、子ども、好きですか?」
「へ?どうしたの、いきなり」
「好きです?」
「うーん、旦那がでっかい子どもみたいなもんだったからねぇ」
あぁやっぱりまだ引き摺っているのか。でも仕方ないのかもしれない。半生以上を共に過ごしたのなら忘れようにも忘れられない。佐助さんは随分と染み込んでしまっているようだけど。
話がひとまず纏まったところで勘定を済ませて店を出る。日が最も高いところから少し傾いた頃合いとはいえ、江戸の町は人で溢れている。こんな通りを歩くのも、街並みを見て回るのも下手をすれば年単位で儘ならなくなるのだろう(それはそれで少し寂しい)
「そういえば旦那の死に目に立ち会ったんだよね」
「はい」
「なんか、言ってた?旦那」
「佐助って、間違われました。はやいなさすけ、もうきたのかって、紅く染まりながら笑って」
「…そ、っか。旦那と何か話したの?」
「少し。驚かれましたけどね」
「そりゃー驚くって」
恋仲だったんだから、と続けられれば未だに照れくさくなる。紆余曲折してそういった仲になるまで時間がかかったと思うし、一緒にいられた時間は多くはなかったけれど幸せだと思えたし、今でも救われている。あの時告げたことに驚きながらも源次郎は、そうかと、幸せそうに笑ってくれた。死の際の、ほんの僅かな時間にも関わらず彼はありがとうと、そう告げて黄泉府へ下ったのだ。
「この辺で待ち合わせてるんだけど…」
「え?誰か一緒に来てたの?」
「えぇ、一人じゃ出してくれないんです、」
一応待ち合わせの頃合いは朝方に決めたから間違いないとは思うが、長の姿が見えない。どうしたものかと、思っていたら後ろから軽い衝撃を受けた。見慣れた頭にあぁ来たのかと向き直って抱きあげれば長も居た。
「ありがとう椿、」
「いいってことよ、これぐらい。で、なんでソイツがいるんだい?お嬢」
「神宮での従者になってもらったんだ。あとで説明するよ」
さっきからぎゅうと着物の襟を掴んだまま、頭を擦り付けたまま顔を上げない幼子をあやしてはいるが一向に上げる気配がない。
「大八、どうしたの?」
「…………」
「完全に俺様おいてけぼりなんだけど…」
「あ、あー…俺の息子、で、大八」
「は!?」
数年会っていないから伝える事もなかったのだけど、うん、そうですよね、そうだよね、驚くよね。ともかく宿へと連れだって向かい、とってある部屋へと腰を下ろした頃には佐助さんも落ち着いたようだ(長である椿は佐助さんを従者に決めたことを知らせてくると行ってしまった)
「ごめんね大八、明日はずっと一緒に街を見てまわろうね」
ぴくりと肩が震えた。生まれた頃から一緒にいるとはいえ、いきなり椿と二人にしたのは早過ぎたか、と思いながらも我が子を抱すくめる。生まれた頃に比べて、大きくなったもんだと実感せずにはいれないのだ、最近特に。
「……」
「もう大八置いて何処にも行かないよ?」
「…ほんと?」
「うん、ほんと。母さんが約束破ったことある?」
少し顔を浮かせて、窺うように目を向けてきた我が子の頭を撫でていけば体のこわばりがとけているように思えた。まだ寂しかったのか離れようとはしないが、話をする分にはいいだろう。
「大八、佐助さんに挨拶は?」
「うー…」
「わー俺様嫌われたー」
ちょっと大げさに打ちひしがれたような、少し演技がかった沈み方をすれば大八も気になったのか恐る恐るといった風に顔を向け始める。これから長い付き合いになるのだから、打ち解けてほしいなぁという希望が伝わったのか大八が完全に佐助さんの方を向いた。
「大八、佐助さんはととさまとずっと一緒にいた人だよ」
「え…ととさまと!?」
「うん、ととさまが一番信頼してたひとなんだよ」
「ほんと?ほんとに!?」
ぽかんとした顔で佐助さんが此方を見ていた。言いたいことはたくさんあるけど何処から言えばいいのかわからない・という顔。反対に大八は俄然興味津津といった面持ちで佐助さんをじっと見ている。普段なら迷わず駆けていくのだけど、初めての街で初めて会う人という事で躊躇っているのかもしれない。
「え え…え?どういう…」
「忘れ形見っていうんだっけな。この子の父親も、名付け親も、源次郎だから」
「………そ そう、なの?」
「うん、似てるでしょ」
「…そう、言われ…れば、うん似てる」
はじめまして、と大八が頭を下げれば佐助さんが此方こそと同じように首を垂れる。まるで生きがいを見つけたかのように、佐助さんの目が輝いていた。伊勢への旅路も生活も、これで大丈夫だろうと何となく安心してしまう程に。
「佐助さん」
「ん?何だい?」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
主従とまではいかないとしても、家族のような関係が続けばいいと、思った。


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話が支離滅裂な上に尻切れトンボなのはどうまとめればいいのかわからなくなったからだ!という微妙な真田死ネタ後日談のような話。
恋仲になったけど結局世の情勢に流されて主人公は家の方へ戻り、真田と死に別れっていうような。大八は史実での真田次男の名前(大阪の陣後、片倉氏へ仕え仙台真田氏の祖となってるんだっけな)ともすればこんな形で死に別れて来世で〜っていう転生話に続きそうになる。うーん、そんな話が好きなんです←

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