04/05の日記

16:55
忍たま小噺
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屍の転がる大地に影を溶かしたように佇む。月明かりすら吸いこむように闇色の布をはためかせてそいつは立っていた。滴る血飛沫は音もなく大地に吸われていく。シドウという存在は噂でしかなかったはずだと屍となった者たちの表情で見て取れた。だからこその結果なのかもしれない。それなりに忍として腕の立つ大の大人が、年端もいかぬ子どもにやられるなど。
「これが死導か」
「阿呆、あれはまだ死導ではない」
「…は?」
傍らに佇む男が呆れた様な声を出す。噂に名高いシドウは主に戦場に現れるそうだ。シドウが現れれば敵味方関係無く全ての死滅を指す。それ故に落城を示唆するもの、全滅を引き入れるものなどげんを担ぐ武士たちにとっては頗る恐れられている。その噂の中でしかない存在のシドウにも一握の真実があるとすれば今傍らにいる男と、先ほど屍を作りだしたそいつだろう。
「あれはまだ纏う程度よ、全てを渡せば城位落とせるわ」
纏う程度というのはどういう状態なのかと視線を其方へ移せば薄らと影の様なものが見えた。あれが"纏う"なのだろうか。
「とはいえ我らも易々と全てを渡せるわけではない」
「それはどういう意味だ」
「そのままよ。己が体躯をはじめ意識、感覚…そうだな己を象る存在そのものを渡すと言った方がわかりよいか」
にぃと背筋を凍らせる笑みを浮かべて男は言う。己の身体を他人に受け渡すというのか、意識すらも。まるでそれは死を意味する行為だ。
「渡した後の反動を考えればそう回数を重ねられるものでもないからな、我らもそれは機を見る。だがあいつは違うぞ、小僧」
「…どう違う」
「あいつは女神に気に入られている。反動も我らに比べればそれなりに軽いものよ」
あいつと指されたそいつは得物を振り血を飛ばしていた。与えられた仕事は終わったらしい。布の隙間から月明かりに覗く肌が思いの外白く見えた。
「つばくら…が?」
「やつは女神の気紛れで生き延びた。その折に女神に魅入られ楔を打たれた故に奴の存在は既に女神のものよ。小僧、お前は関係ないと高を括っているのだろうが」
至極御満悦の表情で男は口角を上げて続きを口にする。
「奴は女神のものだ。お前がどう望もうがそれは覆されることは無く、女神が望めば奴は躊躇いもなく望むままにその全てを差し出す」
告げられた言葉にふつりと感情が沸立つのが明瞭にわかった。静かに湧き上がる感情は殺意とも怒りとも取れる程に己を喰らい握りしめた手が小刻みに震えるのが、いつの間にやら添えられた手でわかった。
「……つばくら」
「どい、何怒ってるんだ」
感情の乏しい表情で見上げられて、削がれた。同年代の子らに比べて表情も乏しい上に感情の起伏も然程見られないがそれはそれで味があると思いだしたのは惹かれているからだろうか。些細な変化にも気付けるほどに慣れ親しんだような気もする。
「腕が鈍っているわけではないようだな」
「しどうもそう言ってた」
「女神に飽きられんように精々励め」
「ん、」
それだけ言うと男は溶ける様に消えた。気配を探ろうにもその残滓すら手繰れないそれに力量の差を痛感する。その男に育て上げられたつばくらの力量も相応のものだ。学園にいる生徒とは一戦を凌駕しているというか次元が違い過ぎる。死線を幾度も越えたこいつは生徒よりも教員の区枠に近い(だから学園長は雑用事務員にしたのか)
「どうした?」
「…いや、」
煮え切らない感情を腹の底に抱えながら手の甲でつばくらの頬を撫でる。静かに伝わってくる体温も不思議そうに見上げてくる眼差しも何もかもがその"女神"に捧げられるという。まるで供物の様な言いぶりに己は怒りを覚えたのかもしれない。警戒を解かれ、しどうというつばくらではない存在と対話することもそれなりに回数を重ねた今は慣れたのかもしれないが特に驚きはなくなった。相手方もそれをわかっているのか前触れもなく現れる事も増えたのだ。
「つばくら、アイツのいう女神って、なんだ」
「女神は女神だよ。始まりで終わりの女神」
漠然とした形容で想像がつかない。始まりで終わりの女神って一体何なんだ。だがつばくらはそれで納得しているらしく小首を傾げながら此方の反応を見ている。
「しどうに聞けばもっと詳しくわかる」
「お前は知らないのか?」
「知ってる。だけどこれは俺が言う事じゃない。教えていいかどうかの判断はしどうがすべきことだ」
「お前の判断は…?」
「俺は単なる伝達人に過ぎない」
何でもない風に口にされると此方が揺らいでしまう事を、恐らくつばくらは知らない。知らずに言うのだから余計にタチが悪いと勝手に転換させてしまう己も己だと嘆息した。己の物差しで図る域ではないと痛感させられているというのに。


−そんな尻切れトンボ。久しぶりに忍たま書くんでリハビリリハビリとか思ったけれども文体変わってそうだなぁー。はやく短編(というか中編?)完結させないと!

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