小説とか

□自分でお題
2ページ/7ページ


認めたくはない、見知る背中が次々と地に横たわるのを。認めたくないのだ、己の頭蓋をかすめるこの鉄の礫ごときが、見境無く生けるものを貫き、苦痛の末の絶命に陥れるのを。師の持つ鞘に弾かれて、情無い声と共に転倒したその後だった。

齢九つの子供に、目前に展がる何が理解出来たろうか。白い幕には雨の滴るが如く血脂がこびり着き、足許には躰中に被弾し、浅い呼吸の度に頸部から朱の泡を噴く隊士の姿があった。包囲する松明に照らされ、痛い、痛いと呻く同胞の傍ら、自分は何故傷一つ負っていないのか―

「隊長!」

怒号とも悲鳴ともつかぬ叫びは山猿の様に甲高く、声帯が切れんばかりの響きが、斬り裂かれた赤い斑の幕府を揺さぶった。腕の弾痕に表情を歪め、舞い降りる様膝を着く師の姿を、子供は幾程無様に思い、また麗しく感じられただろう。

肩を担がれ退いて行く師の愛刀を胸に抱き、陣を後にする傍らで太刀を抜き放ち、銃兵に突進して征く同胞等が愚かしく思えた。四人、二人と減って行く衛りの者が尽きる頃には、陣を遠く放れた鬱々とした森の夜陰に紛れ、少年は両足引き擦る師を一人担いでいた。肉塊同然、意識の無い師を、未だ背の足りぬ子供が運ぶには余りにも酷であった。

枯れた下草に足を捕られ、手を着く余裕も無く前に転がった時には全身が凍え、目頭は焼ける様に熱く、前を見る事も苦渋だった。それでも起き上がるのは、準隊士としての誇と使命感の為。

…畜生。

痛い、辛い、悔しい、全ての負の絶頂が迫る。崖に立たされた時、遂に足が動く事を躊躇した。

「逃げろ」

意識の戻った師が耳元で囁く。諦めを促すかの様に。嫌だ、と少年はその力の無い腕を強く抱いた。

抵抗空しく、崖下に流れる渓流に投げ落とされたのはその刹那、冬空の星彩が、目の前を覆った。

力の限りに叫んだが、銃声の中、それは師に届いただろうか。

崖―

幼い掌で握り絞めた泥塗れの野草を、今でも神経は記憶している

くれなゐ染めし草の色



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ