シュバルツ短編

□Fessel
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内海はじっと見詰めていた。
何を、と問われると…つまり目の前に広がる光景をだ。


目の前には、奏の手当てをしているケヴァン。



少し前。
奏は少々無理をして、膝と掌を擦り剥いてしまったのだ。

怪我自体はたいしたことはなかった。
だから内海も…多分美咲も遼太郎も心配はしていないのだが。

どうやらケヴァンは違うらしい。


「まったく、おまえは…」

擦り剥いた場所を見ながら、ケヴァンは苛立たしげに呟く。
どちらかというと、怪我を心配している…というより。

「どうして、そうやって自分から突っ込んでいくんだ」

守っている意味がないだろう。と、含ませて奏に言葉をぶつける。

やっぱり。
ケヴァンは怪我自体より、奏が無理をしたことを怒っているのだ。

まぁ、ケヴァンの言い分は内海にもわかる。
守っているのに、その対象が自ら突っ込んでいってははっきりいって意味がない。


でも、だ。

そこまで怒ることか、というのも本音だ。


確かに奏は無理して怪我をした。
でも無理をしたと言っても膝と掌を擦り剥く程度。

それぐらい、心配のうちに入らないと思うのだが。


「い、いたぁ…っ!」

そんなことを考えていると、突然声が上がった。
見て見ると、ケヴァンが奏の傷に薬を塗りこんでいるところだった。

しかも、かなり容赦なく。
…見ている内海ですら思わず顔を顰めてしまうくらいのものだった。

「ちょっ…と、痛いって、ばぁっ!」
「これぐらいで痛がるな。大体、最初から怪我しなければいい話だろ」

薬を塗り込む手と同じく容赦のない言葉に、奏はうっと息を詰める。

ケヴァンの言い分は最もだと思ったのだろう。
相変わらず容赦なく薬を塗り付けているケヴァンに、それ以降奏が文句を上げることはなかった。



そして、時間にして数分。

「…これで終わりだ」

最後に包帯を巻きつけて、傷の上をべしっと叩いた。

「ぃ…っ!!」

それには思うところがあって黙っていた奏も思わずといった風に声を上げた。
だけどケヴァンは悪びれることなく、むしろ当たり前のことだというように素知らぬ顔をしている。

そんなケヴァンを恨めしげに見詰めながら、奏が小さく「意地悪」と呟いた。
それにケヴァンはきつい目線で奏を睨みつけ、奏は慌てて視線を逸らした。


…何というか…。

確かに意地悪だと思う。

まぁ、自分がどっちかというと奏寄りになってしまうのもあると思うのだが。


それを差し引いても、やはり意地悪だとは思う。

というより。




ふと、気づいた。

奏の怪我。
たいしたことではないのに、かなり丁寧に巻かれた包帯。

それに、治療していたときのことを思い出して見ると、そこまでするのかと思うくらい薬を塗りつけていた。





…まぁ、つまりだ。






結局は、心配しているということだ。



口ではわざと意地悪に怒りを込めて奏を叱り飛ばしているが、内心では心配で心配で仕方ないのだ。

しかも、その叱り方といったら。



「本当におまえと言ったら…。無理ばかりして」


この光景。

母親が子を叱る、その姿と被る。


なーんかこう。

その守り方は母が子を守る、慈愛のようなもの。


言動は厳しいものだが、それは行動の端々で照れ隠しからくるものだとわかる。



包み込むような、守るような。

温かく、抱きしめるような。



そんな…愛情。






…何気に愛情とか言ってしまったが、つまり。
2人は、付き合っているのだ。

2人とも明言は避けているが、見ていると何となくわかる。

奏とケヴァンが互いに好き合っているということは。




それがわかってから、内海は2人を前よりよく見るようになった。
観察する、という言葉のほうが正しいかもしれない。

前より見るようになって、気づいたことがある。


ケヴァンが、本当に奏を大切にしていること。
奏が、ケヴァンを心から慕っていること。

包み込むように守り、
抱きしめるように愛し。

無償の愛の様に、
親が子を守るように。



大事に大事に守る愛。



見ていて、そんな風に思った。






…非常に、

とても非常に腹立たしいことだが。





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