シュバルツ短編2

□Neujahr
2ページ/3ページ



一方のケヴァンは、緒方家を出て目的の為にある場所に向かっていた。

「早く、しないとな」

そう呟いたケヴァンの顔には、期待に満ちていた。



…そんなケヴァンの前に、ある人物が立ちはだかった。
というか、大きな体が立ちふさがったというのが正しいのだろうか。

その体を辿るように上を見上げていくと、そこには。


「導師…」

見上げた先にあった顔を見て、ケヴァンは微かに溜息をつく。
出来れば、今は会いたくなかった人物だ。

別に嫌っているわけではないのだが…。

そんなケヴァンの溜息は、師には届かず。
やたら機嫌のよい師、ことジュードはにこにこした笑顔をケヴァンに向けていた。

これは、理由を聞いてくれということだろう。
付き合いの長いケヴァンには何となくわかる。
だが聞いたら最後、師の何かしらの用事に付き合わされることは必須だ。
急いでいるケヴァンとしては、お断りしたいところなのだが…。

―にこにこにこにこ(エンドレス)

「……………………何か用事ですか…」

やたら輝きを放つ得体の知れない笑みに負け、ケヴァンはがっくりと肩を落としながら期待通りに答えた。
その問い掛けに、ジュードの顔が一層輝く。

「うむ、実はだな!」

その表情と言葉に嫌な予感を感じながら、ケヴァンは問い掛けてしまった以上耳を傾ける。
キラキラと顔を輝かせたジュードは、さっそくとばかりに口を開くが。
ふと思い出したように「あ」と声を上げたジュードは、何故か突然頭を下げ、

「アケマシテオメデトウゴザイマス」

と、片言の日本語で呟いた。
それにケヴァンは一瞬呆気に取られるが、ジュードの「今日はこういう挨拶をするんだろう?」という言葉に漸く納得がいったように頷いた。

「あけまして、おめでとうございます」

挨拶されたらし返すのが礼儀だ。
ケヴァンは師よりも幾らか滑らかな日本語で、日本の正月の挨拶をした。

とりあえずなんだかよくわからないが挨拶も終わり、ケヴァンは改めて師に問い掛ける。
「で?」
ケヴァンの問い掛けに、ジュードは改めて口を開いた。

「うむ。実はおまえに渡したいものがあってな」

再びキラキラと顔を輝かせたジュードはごそごそと懐を探る。
暫く懐を探っていたジュードは目的のものを見つけたのか、ぱっと顔を輝かせてそれを取り出した。

「これだ!」

その取り出されたもの渡されたケヴァンは、目を見開いた。
それはつい先程見たものであり、またケヴァンが求めるものでもあった。

「…これは…」

小さく呟いたケヴァンの声に、ジュードが満足そうに笑う。

「そうだ!『オトシダマ』、だ!」

「内海少年から聞いたのだ!」と自慢げに話すジュードから視線を外し、ケヴァンは手渡された『オトシダマ』をじっと見つめる。
そして次には不思議そうに首を傾げた。
確か、鈴音から聞いた説明では…

「これは、大人が子どもに渡すものではないのですか?」

ケヴァンはこんななりをしているが、半世紀以上を生きる立派な大人…というかお爺ちゃんだ。
だから受け取る立場ではないはずなのだが…。

だが当の師といえば、逆に「何かおかしいか?」と首を傾げている。
その本気さにケヴァンは本気で驚いた。

この人は、まだ自分を子ども扱いしているのだろうか。
確かにまぁ、師にとっては自分などまだまだ年若い未熟者に見えるのだろうが。

でも普通であれば、自分はとっくに爺さんと言われても可笑しくない年齢な訳で……。

「導師。私のことを馬鹿にしてますか?」

たでさえ急いでいるときに、しかも何か子ども扱い(ジュードには自覚無いだろうが)されたような気になったとなれば、気分を害さないわけが無い。
ぶちり、と何かが切れたケヴァンは、先程の発言に驚いている師に冷たい視線を向けた後、さっと横をすり抜けその場を去ろうとした。

が、不意に何か思いついたように振り返り、未だ目を点にしているジュードに声を掛けた。

「そういえば導師。これはどこで買ったのですか?」

固まっているジュードにケヴァンは先程貰ったものを突き出す。
『オトシダマ』、だ。
多分、ケヴァンが聞きたいのはこの『オトシダマ』が入っている袋をどこで買ったのか聞きたいのだろう。
硬直した頭ながらも、結構冷静に考えられるらしい。
ジュードはそんな自分にちょっと感心しながらも、「近くのコンビニで…」と答えた。
それも内海少年から聞いたことだが。

「そうですか」

そんなジュードの答えを聞いたケヴァンは、もう用はないとばかりに「それでは」と言葉を残し去っていく。



…残されたのは茫然と立ち尽くしたジュードだけ。
そんなジュードの背を冬の冷たい風が流れて行く。

「…………………寒い」

その冷たく痛い冬の風が、今のジュードには身に染みた。







そして、ふと。

「…馬鹿にするなといいつつ、「オトシダマ」ちゃっかり持って行ったな…」

貰うものはしっかりと貰っていった弟子に、ジュードは「今度から子ども扱いはやめよう」と本気で思ったとか何とか。





次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ