シュバルツ短編2
□Lied Prinzessin-2
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『独りぼっちのお姫様は騎士と出逢いました
お姫様は騎士と出逢えたことを喜びました
ただ逢えるだけで、お姫様は満足だったのです
だって、今までお姫様は独りぼっちだったのですから
だからお姫様は騎士が訪ねてきてくれる時間が楽しみで仕方ありませんでした
騎士はたくさんのことを話してくれました
騎士はたくさんのことを教えてくれました
それだけで、お姫様は満足だったのです』
『Lied Prinzessin-2』
暗く長い回廊を、騎士は歩く。
求める先…歌姫の待つ、庭園へと赴く為に。
ケヴァンは今日も騎士としての務めの合間に、奏に逢うため『空中庭園』に向かっていた。
…超騎士としての仕事は手の抜けないものが多い。
だが、ケヴァンはそれでも時間を取っては奏の元へと逢いに行っている。
そのことを知っているため、アドルフも仕事をさり気に減らしたりと補助してくれている。
なので、今日もまた、ケヴァンは奏に逢いに来ていた。
だが、今日はいつもと少し違う。
それは数時間前、アドルフに聞いたとある話が頭に残っていたからだ。
………
「『守護騎士』?」
その日の午前中。
ケヴァンはアドルフの話という名の暇つぶしに付き合わされていた。
その話の中で出てきたのが、その言葉。
「何だ、その『守護騎士』というのは」
ケヴァンが問い掛けると、アドルフはいつもの読めない笑みを浮かべながら答える。
「『守護騎士』というのはね、生涯に渡って護るべき主を決め、誓いを立てた騎士のことだよ」
そのまんまの意味だね、というアドルフの答えに、ケヴァンは顔を顰めた。
ケヴァンとしては、だから何なんだという気持ちだ。
そんなケヴァンをほったらかしに、アドルフは『守護騎士』とやらについてさらに詳しく話し出す。
「元々ミッドガルズ国に伝わる伝統でね。あ、あそこは『王制』が無いからね。騎士たちは主を自分で決めるんだ。騎士になれば必然的に王や国に忠誠を誓うこの国と違ってね」
聞いても居ないことをぺらぺら喋り続けるこの国の王に、ケヴァンは頭を抱えたくなる。
王の気まぐれや唐突な話の振り方はいつものことだが、だが中々慣れるものではない。
この頃は相手をするより、呆れることのほうが多い。
ましてやこういった話を聞くのは主に書類整理の仕事の片手間なのだ。
まともに返す時間も無いというもの、事実なのだ。
「おや、興味ないのかい?」
溜息をついたケヴァンに、アドルフが不思議そうに問い掛けてくる。
いっそ当たり前だと答えてやりたい。
だが、それを言ってしまえばこの王がさらに調子に乗って突っ込んでくるのは目に見えているのだ。
ケヴァンが黙っていると、アドルフが「残念だね」と呟いた。
「ケヴァンにぴったりだと思ったんだけどな」
その言葉に、ケヴァンは初めてアドルフの顔を見た。
見てみれば、してやったりという顔のアドルフ。
…後悔しても遅い。
自分は反応してしまったのだから。
だとしたら、乗ってしまったほうがいいのだろう。
「で、何故ぴったりなんだ?」
ケヴァンが問い掛けると、アドルフはその表情を少しだけ真剣なものにして呟く。
だけど、それはケヴァンが望む答えではなく。
「最近、カナデと仲良くなってるみたいだね」
「…は?」
この王の唐突さ加減はわかっているが、また再び唐突な。
しかも、自分が質問しているというのに望んでいる答えすらくれないままとはどういうことか。
でもこの王がまともに答えをくれるとは思わない。
「まぁ…よく話すようになってはいるが…」
ケヴァンが有りのままに答えると、アドルフは非常に満足そうに笑う。
この表情に、ケヴァンは顔を引き攣らせる。
どうも嫌な予感がしてならない。
その嫌な予感の中で、アドルフは再び口を開く。
…聞いてはならない。
ケヴァンの中でそんな警告が過ぎった。
だが逃げるには時すでに遅し。
「じゃ、『守護騎士』になってみるかい?歌姫の」
「…………………………………はぁ?」
王の突然の提案に、ケヴァンはたっぷりの沈黙の後に信じられないという風に声をあげた。
だが、この王はかなり本気らしい。
「だって、仲良くなっているんだろう?年も近いし、カナデだって喜ぶよ」
…その理屈は一体どこから出てくるんだ…。
ケヴァンは思わず突っ込みそうになった。
だが、王は人の話を(自分の言いようにしか)聞かない。
ここでそれを言ったとしても、「当然だろう?」と当たり前の様に答えが返って来るだけだろう。
ケヴァンは悩む。
この突拍子も無いことを言い出したアドルフをどうするか。
いや、そもそも。
「『守護騎士』…など。この国のでは適応外だろう。我が国の騎士たちはどの位にも関わらず王と国に忠誠を誓う。アースガルズはミッドガルズとは違うんだぞ?」
ケヴァンの当然の反論にも、アドルフはどこ吹く風。
「別にいいじゃないか。少しの例外くらいあったって」
さらりと言ってのけた本来忠誠を誓うべき王に、本気でいっそ『守護騎士』になってやろうかと思ってしまった。
でもそれでは、騎士となり忠誠を誓った自分のプライドが突き崩されてしまう。
それは自分が許せない。
「王、それでは下のもの…そして後の騎士たちに示しが付きません。ご冗談はどうぞお控えください」
最近では公共の場くらいでしか使わなくなった王への敬語を使い、ケヴァンはアドルフを諌めようとする。
それがケヴァンなりの王への忠誠を敢えて示した形であり、アドルフへの言葉には出さない反抗の形だった。
だが、口では圧倒的にアドルフのほうが上だった。
「では君は、カナデを見捨てるというのかい?」
その言葉に、ケヴァンの思考はピタリと止まった。
目の前では、真剣な表情をしたアドルフの姿。
「あのままカナデを、あんな場所でたった一人にするつもりか?」
続いた言葉に、ケヴァンは息を呑む。
何度か赴いたあの場所は、美しくはあるがたった一人で居るにはあまりに寂しすぎる。
僅かに見える、演習場の人の気配を嬉しく思えるほど、人から隔絶された場所なのだ。
奏はお役目だから、といって諦めたように笑っていたが、平気なはずが無い。
あんな場所で、たった独りきり。
そうそう耐えられるものではない。
黙り込んだケヴァンに、アドルフは追い討ちをかけるように言う。
「カナデは、民衆には知られていない存在だが、他の国の王は『歌姫』の伝承を知っている。自国にも『歌姫』は居るからね。だからこそ、他国の王が本気でこの国を潰しにかかるとき、一番に狙われるのはカナデだ。だからこそ、カナデを護ってくれる人が必要なんだ」
最近では、キナ臭い噂も耐えない。
だからこそ、余計に君に『カナデ』を護って欲しいんだと。
アドルフは真摯にケヴァンを見た。
それは、アドルフの本気を伝えてくる。
その視線にケヴァンは何も言えなくなる。
ケヴァンとて、奏のことは気にかけている。
その奏が狙われる可能性がある、と聞けば心動かされないわけではない。
でも―。
「考え、させてくれ」
ケヴァンはアドルフの視線から逃れるように逸らしながら答えた。
何か、まだ何かが。心のどこかに引っ掛かっている。
それが何なのか、ケヴァン自身にも理解できないのだが。
その答えを聞き、アドルフは「そうか…」と残念そうに呟いた。
「また、結論が出たら聞かせてくれ」
「あぁ」
ケヴァンは頷き、目の前の書類に目を戻した。
そこに書かれていたのは、国境付近の調査書類。
昨年に比べ、増加傾向にある他国騎士との衝突、事件。
その、詳細について。
ケヴァンは無意識に、その表情を顰めていた。